恋獄の鎖
蛇足

ミハエルの手紙

久し振りだね。

君に一方的に離縁願いを渡してから、どれくらいになるだろうか。

結婚して間もない頃から僕たちの仲は冷え切っていたから何年も前のことのような気がするし、まだつい昨日のことのような気がするよ。

あの時はすまなかった。

僕がどれだけ言葉を尽くして謝罪しようと今さら届かないことは分かっているし、本当はそれ以外の言葉を見つけられないでいる。

互いに今までの人生で最も長い時間を添い遂げた相手でありながら、僕たちの間に存在する言葉はあまりにも少なすぎた。


すまない。

そして僕にそう言われた君も何て答えたらいいのか言葉を見つけられなくて、ただ困ったような顔をして笑う気がするんだ。


不思議なもので君と離れてからの方が、ふとした瞬間に君のことを思い出すようになったのはどうしてだろう。

そんな時、決まっていつも最後に浮かぶのは初めて会った日のことだ。

まだ少女だった君はメイディア伯爵の夜会で泣きそうな顔をしていたね。

僕が声をかけるとお気に入りのブレスレットを壊してしまったと悲しんだ。

あの頃の僕にはすでに想いを寄せ合う恋人がいたけれど、君の泣き顔はとても綺麗だと思った。

そして僕がブレスレットを直してあげた時に浮かべた、溢れんばかりの笑顔は何よりも眩しく見えた。


それでも僕は恋人を愛していることには変わりなかったし、後になって君が社交界で白百合と呼ばれるほどの有名な令嬢だと知っても、特に心が動かされることもなかった。

だから君の家から僕に婚約の申し出があった時は本当に驚いたよ。

まさかあの時泣いていた少女が僕の妻になるなんて、夢にも思っていなかったからね。

同時に僕は裏切られた気分になった。

ブレスレットを壊してしまったと泣く少女が、僕と恋人の仲を平然と壊そうとしている。

そのことが許せなかった。

君が僕にブレスレットを直してもらったことで僕に見せた綺麗な泣き顔も眩い笑顔も、君の全てが、君が僕と恋人との関係を壊した瞬間に僕の憎悪の対象になった。


だけど君と愛のない結婚生活を送るうちに僕は多分、君のそんな激しさを愛しいと思うようになっていた。

何故か僕なんかに執着して、その美しい顔を醜い嫉妬に歪ませる様を愛していた。

あんなに憎くて仕方なかった君に絆されるなんて、僕は僕の心を疑った。

馬鹿げている、何度も自分を蔑んで罵って、やがて一つの答えに辿り着いた。

僕は将来を誓った恋人との仲を引き裂かれた時に君の手で壊されていたから、今度は僕の手で君を壊してしまってもいいだろう。

僕はずっとそう思っていたし今も思っている。

だからどことなく昔の君と似ている、でも君とは似ていない君じゃない女性と恋に落ちた。

その痕跡をわざと君に晒して、僕は昔の君のようで君じゃない女性との恋と、君が嫉妬に狂う姿を同時に楽しんだ。

君を壊して行く度に僕は君に恋していた。


それでも僕は、もし生まれ変わることができるのなら、君と普通の恋をしてみたいと思ったんだ。


僕はこれからは君のいない人生を歩いて行く。

君に似た君に似ていない彼女が今どうしているのか、君は知りたくもないだろうからそれは黙っておくよ。

何より、秘密にしておけば君の心の中に永遠に棘として残り続ける。

彼女を選んだ僕への憎悪と、僕に選ばれた彼女への憎悪が君を永遠に縛りつけるんだ。

傍にいなくても僕たちは繋がっている、それはきっと素晴らしい悪夢に違いない。


だけどもし、次の人生でもブレスレットを壊してしまったと泣く君に出会うことができたのなら。

その時は君だけを愛するよ。

生まれ変わった君に想いを寄せ合う恋人がいたとしても、ずっとね。

違う形で出会っていたら、僕が君を愛することはなかっただろう。

他人には理解できない歪な形だったからこそ君は僕に執着したのだろうし、僕はそれ以上に歪な形で君に執着をしたのだと思う。



今はさよなら、僕の愛するシェラフィリア。

いつかまた会える、その日まで。

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