恋獄の鎖
(今日もこのまま帰ってしまおうかしら)

 喧噪とはほど遠いテラスに足を運び、そんなことを考えた。


 伯爵に顔見せはしたし何人かの令息とダンスも踊った。

 令嬢とも他愛のないお喋りをした。

 わたくしがこの夜会で果たすべきことは済ませたと言ってもいいはずよ。


 何故か気持ちがめずらしく沈みがちで、それに影響されたわけでもないのでしょうけれど、二連のブレスレットの鎖が壊れていることに気がついた。

 今日の為に用意したものだけれど、特別思い入れがあるでもない。

 だけど夜会はつまらないうえにブレスレットは壊れてしまうとは、何て最悪な一日なのかしら。思わぬ屈辱に、つい目頭も潤んで来る。

「本当に、最悪ね」

 壊れたのは手首側の鎖だけだから落ちてしまうことない。

 だからと言ってデザインが崩れたものをつけておくなんて、そんなみっともない真似ができるわけもないわ。ここに捨てて行ってしまえばいいかしら。

 そうしてブレスレットを外した時。

「美しいお嬢さん、どうかしましたか」

 ふいに横から声をかけられた。

 さっきまでわたくしもいた場に限らず、社交界では見た覚えのない顔。明るい茶色の髪を軽く後ろに撫でつけ、同じ色をした目が心配そうにわたくしを見ている。穏やかな声音は人が良さそうな性格を窺わせた。

 でも、その素朴で誠実そうな様はわたくしの周囲にはいないタイプだったし、いくら姿形が整ってはいても周囲にいないのであれば視界には入らないわ。様々な打算を含んで覚えている貴族子息の面々の中に、同じ顔をした青年の記憶は全くなかった。

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