恋獄の鎖
 本当はお気に入りでも何でもない。青年が諦めたところで責めるつもりもなかった。

 何よりも自分の為にしてくれていることとは言え、待たされることは大嫌いなの。普段のわたくしなら、それが純粋な好意による行動だとしても五分と経たないうちに、もういいと自ら切り上げさせているだろう。


 けれど、何故か――。

「直せたみたいだ」

 しばらくして青年がブレスレットを差し出した。見れば確かに、二本に分かれてしまっていた金色の鎖が一本のそれに戻っている。

「まあ! ありがとうございます」

 顔が思わず綻んだ。

 ほんの数分前まではどうでも良かったはずのものが、ずっと大切にしていたもののように思えた。いつもと違い打算を忘れたわたくしの笑顔に応えるように、青年も柔らかな笑みを浮かべている。

「でも応急処置に過ぎないから、明日にでもしっかりした職人に見てもらった方がいいと思う」

「ええ、そうしますわ」

 受け取ったブレスレットを手首にはめ、わたくしは青年を窺った。

 笑顔の裏で冷静に計算をはじめる。


 人の良さそうなこの青年は見返りとして何を要求して来るのだろうか。

 金銭?

 ラドグリス家との繋がり?

 それとも――わたくしそのもの?


 一度だってそれらに応えようと思ったことはなかったのに、初めて青年には要求の度合いによっては応えてもいいと思った。

 けれど、わたくしの予想は簡単に裏切られる。

「じゃあ僕はこれで失礼するよ」

「えっ」

 立ち去ろうとする青年に、わたくしの唇から淑女らしくない間の抜けた声がこぼれた。その声を聞き咎め、青年は不思議そうな顔でわたくしを見つめる。

「まだ僕に何か用事が?」

「何かって……」

 今度はわたくしが不思議そうな顔で青年を見つめ返す番だった。

 常に毅然とした態度のこのわたくしが、次の言葉を言い淀む。

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