蛇と桜と朱華色の恋
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「採ってきましたー」
朱華の声に鉛白色の長衣をまとった銀髪の青年が振り返る。さっきまで薬を調合していたのか、手元から独特の香りが漂っている。
朱華にとっての師匠、未晩は摘まれてきたばかりの迷迭香を右手で受け取り、左手で朱華のあたまを優しく撫でる。甘苦そうな薬草の匂いが一気に鼻孔になだれ込み、朱華は軽く咳き込んでしまうが、未晩はまったく気にしていない。
「ご苦労さん。ところで朱華、誰かいたのかい?」
「誰にも会わなかったけど……? あ、診療はもう済んだの?」
朱華が薬草を採りに行っているあいだに本日の診療は終わってしまったようだ。すでに軒先には「本日は終了しました」の札もかかっている。
「とっくに。だから誰かと話でもしてたのかと思ったんだよ」
「ごめんなさい、あたしがぼーっとしていただけです」
時間がかかってしまったのは裏の桜の木に見惚れていたからだと素直に言えず、朱華は未晩の前で項垂れてしまう。しゅん、としてしまった朱華に、怒ってないよと未晩は笑いながら言い返す。
「朱華がぼーっとしているのはいつものことだろう?」
「ひ、ひどい! たしかに事実かもしれませんけどっ!」
渡された薬草を束にして、風通しのよい蔀戸のところへつり下げながら未晩は応える。
「まぁまぁ。ひとまずお茶でも飲んでゆっくりしなさい。朱華が摘んできた迷迭香で作ってあげるよ」
「えー、生葉だと苦いのにー」
「陰干ししておいたのが切れたの。だから君に多めに採ってくるように頼んだの、もう忘れたのかい?」
「……う」
そういえば。そんなことを言っていたような気がする。
朱華はあきらめて卓の前へ茶器を並べていく。それを見て満足そうに未晩がつり下げたばかりの束から枝葉を千切って無造作に放り込んでいく。沸かしたての湯を注げば、室いっぱいに爽快な香りが拡がっていく。
迷迭香には気分を向上させる刺激、強壮作用があるため、この枝葉でお茶を作って飲むと一日の疲れも吹っ飛ぶのだと未晩は朱華に教えてくれた。お茶にするだけでなく煎じたものを湯桶にはって身体を浸せば神経痛に効くし、そのまま湿布薬やむくみの治療に使うこともできるため、診療の際に日常的によく使っている薬草である。朱華が捻挫したときも、未晩がこの生の葉を皮膚にすりこんで応急処置をしてくれたものだ。
注がれたお茶を飲んで一息ついた朱華の前に、玄米と青菜の汁物が差しだされる。
「今日もいちにちお疲れさん」
そして師匠が対面に座り、やさしく微笑みかけてくる。
「いただきます」
いつもとおなじ、夕食の時間。互いに言葉を交わすことなく、静かに食事の時間が過ぎる。
食べ終えればどちらからともなく食器を片し、就寝の準備をはじめる。
だけど。