蛇と桜と朱華色の恋

「ぁっ」

 ちろりと熱い舌先は、まるで蜘蛛の毒針のよう。額から濃紫色のままの瞳、青ざめた口唇に透明感の際立つなめらかな頬、煌めきの消えた玉虫色の髪から陶器のように真っ白な首筋、はだけて羞恥でほんのり桃色に染まった胸元に至るまで……永遠にも思える拷問にも等しい一方的で淫らな嵐のような接吻が朱華を襲う。悲痛な叫び声もか細い喘ぎ声となり、そのまま喉がカラカラに乾いてしまう。もう、声をあげることすら叶わない。

「んふっ」

 口腔を犯していく毒針のような舌先に、朱華は身体を震わせ、目元に涙を浮かべる。息継ぎもままならないうちに未晩は朱華の乾ききった口元に、己の涎を注ぎ込む。脳髄を蕩けさせてしまいそうな甘い毒を無理矢理に含まされ、ひくりと朱華の身体が跳ねる。

「思い出すんだ。オレのモノだとあの男の前で宣言した、自分のことを」

 ――あの男とは誰のことだろう。

 床の上で拘束され、されるがままの状態で、朱華は反芻する。けれど、二日分の記憶は思い出せないままだ。
 このまま、自分は幽鬼にすべてを奪われてしまうのだろうか。
 そうしたら、竜糸はどうなってしまうのだろう。彼によって滅ぼされてしまうのだろうか。雲桜のように。
 この先自分の身にふりかかるであろう悲劇を回避するように、朱華は思考を巡らせる。未だ、未晩の接吻がつづいている。すでに何か所も痣のような赤い痕が刻みつけられている。朱華を自分のモノだと誇示するかのような、忌々しい印。

「いっそのこと瘴気漬けにしてやろうか?」

 泣くことを拒み続ける朱華に向けて、未晩は悪びれることなく黒い靄を吐き出していく。憎しみ、怒り、苦しみ……(はて)のない暗闇が、抵抗をつづける朱華を諦めさせようと、心の奥に潜む闇鬼のもとへ流れていく。雲桜を滅ぼす禁術をつかったことで父に殺されそうになり、逆に自分が殺してしまった後悔、裏緋寒の乙女になることより未晩の花嫁になることを望んだ幼いころの自分、夢の中に現れた雲桜の土地神だった茜桜の曖昧な残留思念、どうして自分ばかりがこうも苦しまなくてはならないのだという理不尽な怒り……思い出とともに、朱華のなかに隠れていた闇鬼が蠢きだす。彼に屈して快楽に身を任せればいいのにと、闇鬼が朱華を唆す。
 朱華は未晩に触れられ顔を歪ませながらも、必死になって瘴気を退けようと声をあげずに風を起こす。彼のようにすべての瘴気を払うことはできないけれど、時間稼ぎにはなる。
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