蛇と桜と朱華色の恋
「……?」
目元を潤ませながら、朱華は菫色の瞳で幽鬼になってしまった未晩を見下ろす。なぜ自分がこんな場所で、こんな恰好で身動きを封じられてしまったのか理解できないまま、声をあげようとして、言葉がでてこないことに絶句する。
途方に暮れた表情の朱華に、未晩は嗤う。
「おとなしく見ていろよ。お前が求める男を、オレが葬ってやろう」
その言葉に、朱華は絶望的な表情を浮かべ、首を横に振る。
「心配するな。明日になれば、お前にはオレしかいないってことがわかるだろうから」
けれど邪魔をするようなら、容赦はしないよと、未晩は朱華の素足に唇を寄せる。
ビクリと身体を震わせる朱華に、未晩は更に追い打ちをかける。
「だって、お前の身体を隅から隅まで、オレは味わったんだからな」
身体中に刻まれた接吻の忌々しい痕。桜の衣に包まれたとはいえ、幽鬼によって真っ赤に辱められた朱華の肌は枝の隙間から顔を出している。こんな淫らな姿を、自分は外に晒されているのだ。
羞恥に顔を染め、怒りを込めて幽鬼を睨むが、未晩は知らん顔。
「お。呼ばれざる客が入ってきたぞ。蛇神か。今度こそ息の根を止めてやろう」
朱華が磔にされた桜の木から見下ろすと、純白の蛇が、きらきらと燐光を振りまきながら桜の根元へ向かっていた。
――だめ、こっちに来ちゃ!
無表情の蛇は幽鬼となった未晩を無視して朱華が囚われた桜の木へ滑り込むように身体を進める。
――心配ない。俺が助けてやる。
朱華の心に、懐かしい青年の声が届く。幻覚作用を持つ芥子によって一時的に言葉を奪われた朱華を励ますように、白い蛇神は純白の桜花に囚われた朱華のもとへ急いでいく。
――あなたは……?
――やっぱり、俺の名を忘れてしまったのか。
――いいえ。幽鬼に忘却の術をかけられているだけ。あたしは彼方が誰か、知っている。だって、あたしが雲桜で甦生術をつかって助けた、蛇神さまだもの!
「――ならば朱華よ。俺の口づけによってすべてを思い出すがよい」