蛇と桜と朱華色の恋
* * *
パリン。
硝子が砕け散るような音とともに、瘴気が一気に霧散していく。
――これは、逆さ斎のちからを封じた忌術? なんで……?
里桜の身体が、糸の切れた人形のように崩落する。異変に気づいた颯月は無意識のうちに知らない神謡を詠唱していた。
「Poknamoshir chikooterke iwan poknashir〈踏み落とせ地獄の悪魔を〉!」
まばゆいばかりの金糸雀色の瞳が爛々と輝きを現し、颯月は高く跳躍する。
その様子を見ていた氷辻もまた、空色の瞳へと虹彩を変えて颯月へつづく。
置いていかれた里桜は何が起きたのか理解できないまま、水鏡から姿を現した竜頭に身体を抱きかかえられる。
「竜頭さま……?」
「里桜よ。このまま逆さ斎として、我が竜糸を守護してくれるか」
「何を……当然ではありませんか」
「雲桜を、復興させたいとは思わぬか?」
未晩に忌術を施され、強制的に逆さ斎のちからを奪われたときと異なり、このちからはどこか、迷いがあるようにも見える。もしかして、これは忌術ではなく。
「これは、神術なの……?」
「さよう。朱華が未晩へ向けて心底から発した、幽鬼のなかの逆さ斎のちからを奪う神術。ちからを制御できずに、お前まで姿が戻りかけているがな」
「――あ」
月を纏ったかのような銀髪は、烏羽色に。
萌えいづる春のように鮮やかな緑青の瞳は、強きちからを有する茄子紺へ。
「前と異なるのは、おまえがただの『雲』ではない、裏緋寒に準ずる強き茄子紺の双眸を得ているところだな」
「それじゃあ……」
「名を変えることはない。わしの花嫁となれ」
こんなときにさらりと言われても困ると、里桜は顔を真っ赤にして瞳をそらす。そして、空の上から見える朱華たちの戦闘に、息をのむ。
「ちょっと! なによ、これ……」
診療所の裏庭だった場所は、桜の木が植えられていた場所から円を描くように、おおきく抉れていた。