蛇と桜と朱華色の恋

「朱華」
「はい」

 ここ数日、未晩のようすは、どこかおかしい。その理由が、自分にあることに、朱華も気づいている。だから、仕事が終わったというのに姿勢を正して、未晩を見つめ返す。

「もうすぐ、十七だ……これが、何を意味するかわかっているね?」

 口ごたえなど許さないと言いたげな、翡翠色の鋭い眼光が朱華の菫色の双眸を射る。

「……十七歳になったら、師匠の妻になること、ですよね」
「僕は朱華と結婚してほんとうの意味で家族になりたい。きみは頷いてくれたが、ほんとうに、それで構わないのか?」

 竜糸の集落で医師として診療所を開いている未晩は、朱華にとっての養い親でもある。彼は十年前の流行病で孤児となった朱華を拾ってくれたのだ。そして、朱華を見習いとして診療所に置いてくれたのである。
 命の恩人で、育ての親で、生きていくための知識を教えてくれる兄のようなひと。あのときから、未晩の見た目は変わっていない。生まれながらの銀髪でもともと老け顔だったからだと彼は笑うが、いまでも充分若々しい未晩のことを、朱華は好ましく思っている。
 だから結婚のはなしがでてきたときも、頷けたのだ。年齢差が親子ほど離れていても、彼となら穏やかに一生を過ごしていけるだろうと思ったから。

 それなのに。
 さいきんの未晩は、朱華に試すような言葉をあれやこれやと投げつけてくる。

「自分を養育してくれたから、とか、義務みたいに思ってるのなら、いちど考え直した方がお互いのためかと思ったからね」
「そ、そんな風に考えてなんかいません!」
「ほんとうに?」

 嘲笑まじりの未晩の声が、朱華の耳元を這うようにざわりと抜けていく。ここ数日、毎日のように耳にする、どこか熱を帯びた声色。それに付随する、身体を舐めまわすような視線。
 さっきまでの穏やかな未晩はなりを潜め、いまにも襲いかかってきそうな獰猛さを秘めた暗緑の瞳がぎらぎらと朱華を狙っている。まるで、欲情を抑え込んでいた彼の心の深層に潜む闇鬼が、我慢しきれずに浮かび上がってきたかのよう。

 ――けれど未晩が内に隠したその鬼は、朱華が胸に秘していた、苦しみを食べて育ったのだ。
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