蛇と桜と朱華色の恋
「Wakkapo, untemka okai〈水よ水よ、彼を助けて〉!」
「Eyukari nw ruwa〈緋寒桜よ、それがおぬしの神謡かえ〉?」
まばゆいばかりの白いひかりが、天空から注ぎこまれ、瘴気に囲われていた黒き空を一掃する。降りつづく竜頭の浄化の雨とともに、はらはらと菊桜の花びらが、降り積もる。
――通じた! 里桜はふっと意識を飛ばし、その場にくずおれる。
その瞬間、幽鬼に身体を操られていた颯月の手から、炎の剣が抜け落ちた。
「裏緋寒の番人たる逆さ斎に封じられし幽鬼の王……闇鬼となりながらも機会を待ち、裏緋寒を己のモノにするため番人を蝕みふたたび幽鬼となり、この世界に復活した鬼神、か」
笑わせるでない。
天色の瞳が、周囲を見渡し、嘲笑する。裏緋寒にちからを奪われながら何が鬼神だ、と。
「至高神……」
氷辻を依代にしてふだんは現れるはずの女神の声は、別の場所からきこえた。
竜頭と夜澄は顔を見合わせ、困惑の表情を見せる。地面に膝をついていた颯月もその声にびくりと反応し、跳ね起きる。
「里桜さま……?」
「妾をこの身に召喚して逢うのは二度目だのう、颯月よ」
里桜の身体に入り込んだ至高神は、怯える氷辻の前で婉然と微笑み、状況をじっと見守っている朱華に向けて声をかける。
「そなたが朱華か。ずいぶんと愉快な恰好をしておるな」
「お初にお目にかかります、至高神さま」
湯殿で竜神と遭遇したときと変わらぬ挨拶をして、宙にぶらさがったままの朱華は微笑み返す。左腕にしがみついている幽鬼のことなど、まったく気にしている様子はない。
「その幽鬼は、おぬしにずいぶん執着しているようだの。生気が失われそうになっているというのに、その手をはなさぬとは」
「悪いか」
弱々しく言い返す幽鬼に、里桜の姿を借りた至高神はつまらなそうに応える。
「そこまでしぶといと逆に感心したくなるぞ」
「――母上! 早く彼女を助けてください」
苛立たしげに穴に近寄れない竜頭と夜澄が不滅の至高神を急かす。だが、至高神はふん、と鼻を鳴らすだけで何もしない。