蛇と桜と朱華色の恋
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眠りつづけていた竜糸の土地神が起きたことで、代理神は廃された。今回の件は里桜の養い親である逆井一族の手によって神皇帝へ伝えられ、里桜は表緋寒の称号と逆井の姓を取り上げられた。その代わりに竜糸の裏緋寒……竜頭の花嫁候補として、彼女は竜糸の地に留まることを認められ、いまは神殿で加護術の復習に勤しんでいる。
「ところで、颯月が火の女神の息子って、竜頭さまも知ってらっしゃったのですか」
「まさか。眠っておる間に他の集落で起きた出来事まで、我は知らぬ」
「だから夜澄も知らなかったのかしら……まさか至高神についていくとは思わなかったわ」
里桜のなかに至高神が入ったとき、未晩に縛された颯月の動きは完全に止められた。同族という絆で颯月をみていた幽鬼と血族という絆で颯月をみていた至高神。颯月のなかには幽鬼だけではない、至高神の血が一緒に流れていた。だから、至高神は彼を止めることができたのだろう。
幽鬼が朱華の左腕とともに冥穴へ堕ちたのを見守って、至高神は姿を消した。その際、颯月がついていったのだ。瞳を金糸雀色へ煌めかせ、里桜にだけ「さよなら」と微笑んで。
「あれは『神成』という特殊な術だ。冥穴を呼び起こし、そこへ幽鬼を封じることで、ひとつめの術……幽鬼が隠し持つ悪しき気の浄化が完成する。ふたつめの術……至高神のもとで修行することで手に入る土地神の資格と言い換えてもいい……それが完成するかは彼次第だろう。至高神がそれだけ孫である彼を放っておけなかったんだ。幽鬼にも神にもなれず人間として桜月夜に仕えることとなった彼のことだ……今回のことで責任も感じているはずだ」
「……でも、颯月は未晩に利用されたんでしょう?」
「だが、裏緋寒の番人が押さえていた闇鬼を幽鬼としたきっかけを与えてしまったのは事実」
「……」
黙り込んでしまった里桜に、竜頭が困惑した表情を向ける。
「里桜は、なぜ颯月が桜月夜になろうとしたか、知っているか」
「至高神のお告げじゃないの?」
彼は二度三度と祖母にあたる至高神に助けられているという。きっと、最初に逢ったときに、竜糸の桜月夜になるよう指示したのだろうと里桜は推測する。
「桜月夜の空位に彼を推したのは事実だが、それだけではない」
そしてぽん、と里桜の烏羽色の髪に触れる。
「里桜のことを、傍で護りたかったのだよ」