蛇と桜と朱華色の恋


「出てって!」

 朱華は思わず叫んでいた。自分と未晩のことを何も知らない三人の男がよってたかって未晩を痛めつけようとしている姿が逆に、鬼のように思えたから。

「たしかに師匠は心のうちに鬼を飼っているけど、他人に害をなすことは何もしていないわ!」
「いまはまだな」

 冷徹な声が朱華の内耳に響き渡る。緋色の髪の少年のように爽やかでもなく、長身の青年のように柔らかくもない、終始かたい表情で、つまらなそうに言い捨てた男の声に、朱華はカッとなって言い返す。

「なによそれ、師匠を疑うの? たしかに師匠はこの土地に生まれ育った人間じゃないけど、それでもこの土地のひとたちのために診療所を開いて、毎日患者さんを診ているのよ? そんな師匠のこと、何も知らないくせに!」
「何を言うかと思えば、そんな戯言か。憎しみを食餌(エサ)として与えていたのはお前だろうが」

 漆黒の髪色の男はふん、と鼻を鳴らして言い返す。その言葉の鋭さに、朱華は凍りつく。

「……な、んで」

 このことを知っているのは自分と未晩だけだと思っていた朱華は、目を見開いて未晩を見下ろす。未晩の瞳は嗤っている。

「師匠?」
「裏緋寒だってわかってはいた、けど。渡したく、なかったんだ」
「ウラヒガン? なに……」

 きいたことのない言葉が朱華の耳に届く。けれど男は未晩の言葉を無視して硝子のような琥
珀色の瞳で朱華に向き直り、言葉を遮る。

「こちらこそ訊きたい。お前はこの男の何を知っているんだ? お前はこいつに何を求め、そ
の見返りに何を与えようとしていたのか?」

 氷のような視線を投げかけられ、朱華は言葉を震わせる。

「し、師匠は、あたしが孤児になったのを拾ってくれて……」
「どうして孤児になったんだ? それまでお前はどこで何をしていた?」

 厳しい言葉が朱華に襲いかかる。未晩は抵抗を諦めたのか、がっくりと頭を垂れて呻き声を
漏らしている。

「朱華は、十年前の流行病で親を失ったんだ。それで」
「お前には訊いていない。神無(かむなし)の逆さ斎」

 遮るように言い返した男の言葉に、朱華は目をまるくする。

「……え? サカサイツキ?」
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