蛇と桜と朱華色の恋
緋色の髪の少年にいきなり矛先を向けられて朱華はぎょっとする。何がなんだかわからない状況のなか、どうやら自分がその裏緋寒の乙女らしいという推測のもと、朱華は戸惑いながら応える。
「は、朱華です。ルヤンペアッテの朱華」
「朱華ちゃんかー。ボク、桜月夜の『風』の守人でレラ・ノイミの颯月っていうの。単刀直入に言うけど、キミのちからが必要なんだ」
邪気のない颯月の言葉に、朱華はあたまのなかが真っ白になる。
――あたしのちからが必要? 神殿が? 師匠じゃなくて?
「あの、何かの間違いじゃ」
「俺もそう思いたい」
「何を言うんだ夜澄、お前がこの娘がそうだって言ったんじゃないか!」
「だからそうだと言っただろう。裏緋寒の乙女だと」
夜澄という名の横柄な黒髪の男はじろりと朱華を見て、溜め息をつく。
「記憶を改竄されたか」
「え」
ところで裏緋寒の乙女って何? っていうかいまこの夜澄ってヒト、とんでもないこと言った? あたしの記憶が。
「記憶が、何?」
「お前が師匠と慕うその男が、記憶を塗り替えている。至高神の封印はそのままのようだが」
夜澄の言葉の意味が理解できず、首を傾げたままの朱華を見て、星河が額に手を当てる。
「それじゃあ朱華さんに裏緋寒の自覚はないのか? 厄介だなー」
あたふたする朱華を余所に、師匠の未晩は黙ったままだ。夜澄はそんな未晩に言い募る。
「記憶を元に戻せ」
「戻したところで何になる? どうせお貴様らは僕の前から朱華を連れていくのだろう?」
「まぁそういうことだね」
颯月があっさり頷くと、未晩はゆっくりと起き上がる。
「ならば貴様らを倒すまでだ」
* * *
わからないのなら仕方ない。十七の誕生日まで俺のちからは封じられたままなのだから。
だが、我が遺した膨大なちからを、母神に預けたフレ・ニソルの加護を汝の成長した心身に解き放つときが来たれば、すべては安易に理解できよう。
朱華――汝、ルヤンペアッテの眠れる竜たちとともに、異界の幽鬼を斃すちからを持った、選ばれし裏緋寒の乙女よ……
* * *