蛇と桜と朱華色の恋
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神殿の離れにあるこぢんまりとした室が、朱華が身を置く場所になった。ちいさいながらも装飾は凝っており、真珠の粉を混ぜ合わせたような白い光沢感のある壁には円形の窓がつけられている。蔦模様の窓枠のなかへ手をのばせばそこは空洞になっておらず、空気のように透明で薄い玻璃が膜を張っているかのように填めこまれているのが確認できた。外つ国より海を渡ってやってきた硝子細工はまだ高貴な人間にしか許されない、珍しいものだというのに、竜糸の神殿では至る所に硝子が使用されている。壊さないように気をつけなければと場違いなことを思いながら朱華は備え付けの寝台の上へさきほどまで着ていた衣を脱ぎ捨てていく。
夜澄は朱華のことを雨鷺に頼んで、室の外の扉の前で待っている。
軽く夕食をいただいてからあらためて雨鷺に身支度を手伝ってもらった朱華は、さきほどよりもいっそう華美な猩々緋の糸で刺繍された菊桜が咲き誇る月白の袿に着替える。
「……なに?」
「いや。馬子にも衣装だ……」
「悪かったわね!」
着替えを終えた朱華は夜澄に連れられて神殿へ戻る。そして代理神が座す湖畔の間に入った。
硝子が張り巡らされた壁の向こうには、竜神が眠る湖と、湖に反射しながら煌々と輝く銀のふたつの月がゆらめきながらも鋭い刃物のように交差している風景がのぞめる。その月明かりに照らされるように、室内もまた、ゆらぎと淡いひかりを帯びている。陽が沈んだとはいえ、月のひかりが存分に入るこの空間は、夜を忘れさせるほど、眩しかった。
遠目から見ても鮮やかな袿姿の少女が、朱華の姿に気づき、顔をあげる。
朱華は俯いた状態で一歩一歩、夜澄に手を引かれながら、しずしずと里桜の前へ進んでいく。
「顔をあげなさい」
里桜の鋭い声が、朱華の耳元へ届く。緊張しながら、朱華は星河と颯月のあいだで朱塗りの椅子にちょこんと座っていた小柄な少女に言われたとおりにする。
隣の黒塗りの椅子には誰も座っていない。本来ならば、大樹がその場にいるのだろう。けれど里桜はそのことを気にするそぶりを見せることなく、堂々とした佇まいを見せている。
紫紺の袿に透き通った紫水晶が鏤められた上品な袿を纏う彼女こそ、この竜糸の集落を守護する代理神、里桜だ。
未晩の翡翠色よりも濃い花緑青の瞳と銀よりも柔らかな淡紅藤の髪は、逆井一族に属する逆さ斎の象徴を示している。
師匠と同じ、白銀の髪に緑の瞳……朱華はその美しさに息をのむ。だけど、待って。
彼女の髪は、瞳は、もともとこんな色だったっけ?
違和感とともに、朱華は彼女の双眸をのぞきこむ。