蛇と桜と朱華色の恋
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颯月が姿を消したのを確認し、里桜はふたたび思考の海に沈みだす。
もし、ほんとうにすべてが至高神に仕組まれているのなら。
天の姫神は代理神を廃して、本来の竜神にすべての統治を頼むのだろうか?
傍に、花嫁となる朱華を置いて……
「そんなこと……」
花神に愛され、それを裏切った後も逆さ斎の裏緋寒の番人に愛され、あげく桜月夜に傅かれ竜頭の花嫁にと選ばれた少女、朱華。
――なぜ彼女なの。
「恨めしいのですか?」
フッ、と里桜の脳裡に少しかすれた声が入り込む。
「恨めしいんだね」
まただ。影のある、けれど聞き覚えのある声が。
「恨めしいんだな」
しずかに、追い詰めるように自分を責めていく。
「恨めしいの?」
そのうち、鈴を転がしたような声が割り込み、甘い誘惑を振りまいていく。
「恨めしいのなら、素直に認めればいいのに」
なにかがおかしい。
この場所に、なにかがいる。
里桜はあたまを抑えて呻き声を漏らす。
「だ、誰があんたなんかっ……!」
受け入れてはならない。これは幽鬼が、闇鬼を扇動させるために施した呪術だ!
けれど里桜は傾きかけている。
このまま、幽鬼と契約して竜糸を滅ぼして……すべてを無にしてしまうのも、悪くない。
愛する竜頭とともに殉ずることができるのなら、それはそれで甘美ではないか?
里桜の心のなかで、憎悪、嫌悪、嫉妬、苦痛が膨れ上がっていく。だけど、駄目。そんなことをしても竜頭さまは喜ばない。眠ったまま、永遠に起きることが叶わなくなるなんて……
「そんなに意地を張っていると、貴女が死んでしまいますよ?」
艶っぽい男性の声が、耳元で木霊する。錆青磁の色に染められた衣が背後でゆらりと動く。これは、これだけが、幻聴じゃない。
里桜が振り向くと、そこには。
「……裏緋寒の」
「屈しなさい。そして己の欲望に忠実になるのです」
銀髪の青年が翡翠色の瞳を輝かせながら里桜に熱心に語りかけている。彼は、裏緋寒の番人として至高神に選ばれた逆さ斎……
「未晩」
「おなじ逆さ斎である貴女なら、僕の訴えを素直に受け入れてくれますよね?」
「お前……月の影のなりそこないなのか」
張り詰めた声で、里桜は言霊を発する。
神無のはぐれ逆さ斎。なりそこないの月の影。彼は至高神によって裏緋寒の番人の役を与えられたというのに、その裏緋寒を愛するあまり、神に逆らうことを選んだ。
「月など、僕には必要ないもの。僕には朱華がいればいい」