蛇と桜と朱華色の恋
 きっぱりと言い切る星河に朱華は呆れながら応える。そんな星河のやりとりを微笑ましそうに雨鷺が見つめているのに気づき、朱華は改めてふたりを見比べる。

「星河さんが入らないようにわたしが見張っていますから安心していてください」
「それは困りますよ、雨鷺さんに見張られたら朱華さんの背中は誰が流すんですか」
「あら、朱華さま。星河さんったら何不埒なことを考えているのかしら。お背中を誰に流してもらおうかだなんて」
「侍女であるあなたこそ、想像力が働きすぎですよ。それとも今度一緒に入ります?」
「冗談にしては厳しいものがあるわね。わたし以外のところでそんなこと口走ってはいけないわよ?」

 くすくす笑う雨鷺と含み笑いをしている星河。ずいぶんふたりは親しく見える。だが、話の内容がなぜ自分の背中を誰が流すかという議論に至っているのかは理解ができない。

「背中くらい自分で流せますっ……」

 不貞腐れた表情の朱華を見て、嫁入り前の娘には刺激が強かったですねと星河が苦笑を浮かべると、わたしも嫁入り前なんですけど、と雨鷺がぼそりと横で呟いている。
 どうやら、朱華を挟むかたちで和やかに星河と雨鷺はふざけあっているようだ。恋愛ごとに疎い朱華でもこれはピンとくるものがある。

「……あの、おふたりは恋人同士なんですか」

 その言葉を待っていたかのように「そう、恋人同士なんです」と応える星河と「嘘です、星河さまの恋人だなんてそんな滅相も」と慌てふためく雨鷺。神官と侍女という身分差のせいか、雨鷺のほうが星河に圧されているのだろう。それでも星河は雨鷺のことを大切な方だと朱華に晴れやかなまでに宣言しているし、雨鷺も恥ずかしそうにそれに従う姿を見ると、こっちの方が赤面したくなってくる。

「わかりました、ふたりとも外で仲良く待っててください!」

 逃げるように湯殿へ入ると、ふわりと甘い花の香りが朱華を迎えてくれた。昨日の薔薇とはまた違う、はんなりとした香りに、朱華は胸をときめかせる。

「――この香り!」

 懐かしくて、自然と微笑みが零れる。薄紅色の花びらが浮かぶ湯船を前に、湯帷子になった朱華は走り出していた。
 当然、滑る。

「ひゃっ……!」

 ひんやりとした軽石に足をとられ、そのまま倒れそうになった朱華だったが、間一髪のところで抱きとめられた。漆黒の髪に黄金(きん)色の瞳の青年が、雫を垂らしながら立っている。


「――朝から騒がしい娘だ」


 それは、花筏のように華やかな湯船に浸かっていた先客のようだ。
 朱華の視線が彼に注がれた途端、青年の双眸の色は、眩しいばかりの黄金(くがね)色から馴染みのある琥珀色へ、変化した。
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