蛇と桜と朱華色の恋
+ 4 +
神殿には代理神、桜月夜の守人を含めて二十人弱の神職者が入っている。竜神に仕える巫女や神官にとって代理神や桜月夜の存在は羨望と嫉妬の的になるため、ふだんは神殿の敷地内でも別々の場所で生活を送っている。
だが、時折一部の巫女が表緋寒や裏緋寒と呼ばれる女神術者に仕えるため、侍女として本殿へ入ることがある。竜神の声をきくことができる能力を持つ彼女に仕えることで、自分もまた持っているちからを開花させることが可能になるのだ。
雨鷺もはじめは巫女として神殿に入った。だが、竜神の声をきく表緋寒の代理神、里桜に気に入られたため、侍女となった。里桜には専属の侍女はおらず、日によって別の巫女が着替えの手伝いに入ったりすることもあったが、雨鷺が入ってからはそのようなことも少なくなった。
竜神の花嫁として迎えられた朱華の面倒をひとりでみることになってからは、別の巫女に里桜のことをお願いしていたが、彼女が闇鬼となって朱華を襲うという悲劇が起きたため、いまは侍女見習いという形で『雪』の巫女の氷辻を里桜の傍に置いている。彼女もまた、雨鷺のように幽鬼を一時的に退けるちからを持っている。
だが、その氷辻が里桜のところから戻ってこない。
おまけに、朱華は湯あたりで倒れてしまった。湯殿からはなぜか夜澄が出てくるし、星河も何が何だかわからないようだ。
「ほんとうなら今日の昼までに竜頭さまを覚醒させる儀式を執り行う予定だというのに……」
すでに時間は夕刻。今日中に竜神を起こすのは難しそうだ。
ぶちぶちと呟く雨鷺に、まぁまぁと宥める星河。
「貴女の方に、竜頭さまからの連絡はないのですか」
「どうやら起きてはいらっしゃるみたいですが、本体が湖の底で眠ったままなので、意志疎通を図ることは無理みたいです」
申し訳なさそうに告げる雨鷺に、星河は気にしてないですよと笑って頷く。
「竜神さまの御遣いである貴女がわからないことが、私にわかるわけがないじゃないですか」
「……たぶん、夜澄さまならわかってらっしゃるかと思います」
「でしょうね」
そうでなければ湯殿から夜澄が現れるわけがない。依代となっていた大樹がいないいま、竜頭が夜澄をその代わりにするのは雨鷺にも想像がつく。たぶん、今回の裏緋寒に選ばれた少女を品定めにでも行ったのだろう。あの方は豊満な肉体を持つ熟女が好みなのだ。成熟しきっていない朱華を見てさぞやがっかりしただろう。
そして朱華もまた驚いたに違いない。竜神の花嫁になるつもりで神殿に迎えられたのに、眠りこけていた当の本人が乗り気でないことに。