蛇と桜と朱華色の恋
「朱華さん、気がつきましたか」
雨鷺の身体を抱きしめたまま、星河が幸せそうに微笑みを浮かべている。前世の記憶が云々、というくだりをぼんやりと耳にしていた朱華は、そういうことかと心のなかでひとしきり納得してから、ふたりに尋ねる。
「夜澄は?」
竜頭は夜澄に記憶を戻してもらえと朱華に告げたのだ。この時点で朱華は理解した。
竜神のことを小さき龍神と呼んだ夜澄。そしてその言葉に縛られ、夜澄の身体から逃げ出した竜頭。
小さき龍神の別称は、小雷神とも呼ばれる。たしか、『雷』の集落が滅んだ際に竜神は雷神のちからを併合し、そのちからで幽鬼を退けたと言われている。その際に、ちからを使いすぎて長い休息を必要する羽目に陥ったのだ。竜糸に暮らす人間なら誰もが知る土地神の知識だ。
ならば竜頭を越える『雷』のちからを持つ夜澄の正体は……
「ねえ、夜澄は――雷神は、どこ?」
きっと、人間に姿を変じて身を隠していた雷神……竜頭の兄神に違いない。