蛇と桜と朱華色の恋

 至高神は見守ってなどいない、ただ、見ているだけ。
 運命の悪戯に翻弄されつづける人間たちを?

 ――いいえ、翻弄されているのは、幽鬼も神も、同じこと。

 あたまに浮かんだ思考を退け、里桜は目の前で泣きじゃくる氷辻の手を握りながら、諭すように言葉を紡ぐ。

「甦生術は、莫大な代償が必要になる禁じられた秘術。神々でさえ大半のちからを失うというのに、大樹さまは、貴女を救うためにひとり、犠牲になることを選ばれたのね」

 大樹の場合、自分自身を代償に、禁術を施したのだろう。
 彼は、とてもやさしいひとだから。
 里桜はうーんと考え込んでから、茶化すように、声を発する。それは、大樹が生きていたらきっと言うだろうな、という想像だけど。

「きみのいない世界など、考えられない。ぼくをあげるよ、ぼくの『天』のちからで、生きていておくれ」
「……表緋寒さま。なんで、わかるのです」
「代理神の半神たるもの、『天』と『地』と、ちからの形態は異なれど、深い絆は繋がっておりますのよ。そう。貴女が、大樹と結婚を誓いあっていた、『雪』の乙女なのね」

 大樹には結婚を誓いあっている少女がいた。彼女は病弱だから竜糸に連れてくることができないけれど、あと数年経てば、里桜さんに紹介できると思います、と、彼は嬉しそうに言っていた。

「愛しているのね」
「ええ、とっても」

 その横顔を、羨ましいとも感じた。家族のように深い繋がりを持った半神の少年には、将来を誓い合った少女がいるという現実に。対する自分は逆さ斎という加護のちからに相反した存在、土地神の加護を持つ人間と婚姻し、子孫を残すことは難しいと、逆さ斎になったときから言われていた。
 だから愛し合える存在を持てる人間が羨ましいのだ。

 ――たとえそれが歪んだ形であったとしても。

 結婚を前に生命を落とした氷辻を、生かすために、大樹は自分の責務を放棄して、誰にも相談することなく禁術を使って、姿を消した。至高神が呆れるのもわからなくはないが、里桜は彼が選んだその道を、誤りだと思えない。

「大樹さまは、貴女を誰よりも愛しています」

 その言葉に、強く頷いて、氷辻は、嗚咽する。
< 77 / 121 >

この作品をシェア

pagetop