蛇と桜と朱華色の恋
「アイ・カンナの閃光……」
亡き母親が口ずさんでいた神謡に、そんな物語があった。
自分たちが生まれる前に滅んでしまった『雷』の集落、雷蓮の民が持っていた加護のちから。それは、眩しいほどに明るいひかりと残酷なほどに世界を傷つける雷土の矢。『雷』の民は自衛のために与えられたちからで幽鬼と果敢に戦いつづけていた、好戦的な部族だったという。だが、長くつづく幽鬼との戦いに人間は耐えられなくなり、心が弱ったところを闇鬼に憑かれ、民同士が殺し合うという悲惨な事態に陥った……そして幽鬼にすべてを奪われたのだ。緑豊かな土地と、土地神が愛した民を。
朱華は琥珀色の瞳で見つめてくる夜澄を見上げ、息をつく。
夜澄がその、『雷』の集落のひとつ、雷蓮の土地神だったのか……
「たしか、竜神さまが『雷』の集落を併合したことで、被害を食い止めたんだよね?」
竜糸に暮らす人間は竜神がかつてどのようなことを行ったのか、ひととおり学習する。朱華も未晩とともに竜糸で生活しているあいだに、自然に竜神のことを覚えていったのだ。
朱華の言葉に「ああ」と軽く頷き、夜澄はつづける。
「ただ、そのせいで竜頭は力尽き、湖に眠ることになった。眠りにつく前に彼は代理神の制度をつくり、俺を桜月夜と呼ばれる守人の総代に命じた。すでに俺の身体は幽鬼との戦いでボロボロだったから、竜頭は幽鬼に襲われて死んだ俺の部族の人間の肉体に俺の魂を入れ替えたんだ……その人間の名だ、夜澄というのは」
「そう、なんだ」
「竜頭にちからを譲り渡し人間の器に封じられた俺は雷神としてのちからは殆ど残されていない。五加護を扱うのも天から雷土を落とすのも楽じゃない。だが、そんな俺を面白がって時折天神がちょっかいを出してくる。竜頭に『雷』のちからを与えようが、あやつは小雷神でしかない、お前こそ真の雷神なのだ、裏緋寒の乙女を手に入れて雷蓮を再興させちまえ、とね……」
とつぜん裏緋寒の乙女という言葉がでてきて、朱華は瞳を瞬かせる。いま、彼はとんでもないことを口にした。初めて朱華と逢ったあのときのように……
「そんな戯言真に受けるわけにもいかない。俺は竜頭に命を助けられたのだから、彼のための裏緋寒を自分が横取りしようとはもとより考えなかった。たしかに俺はもともとが土地神だからか、人間の身に魂を封じられても裏緋寒の乙女が誰か見ただけで判別できる。だから竜神が眠った竜糸を狙って幽鬼が襲ってくるたび、代理神に頼まれて竜頭のための花嫁を探してやった。だが、彼を目覚めさせることは未だに叶わない……あいつは熟女がすきだから」