蛇と桜と朱華色の恋

 真面目なはなしをしているはずなのに、最後のひとことですべてが台無しになってしまった気がする。朱華は呆気にとられた表情で「そう、だね」とうんうん頷く。現に朱華を湯殿で見定めた竜頭は「こどもではないか」と一蹴したのだから。

「俺は三人の裏緋寒を選んだ。ひとりは当時の桜月夜、清雅……前世の記憶を持っている星河の前世だ……と禁じられた恋に落ち、代理神によって生贄に捧げられた。もうひとりは代理神の継承がうまくいかなかったとき、竜糸の外で見つけ、表と裏の緋寒桜を揃えて竜頭を起こそうとしたところを幽鬼に感づかれ、瘴気によって殺されてしまった。その際代理神の継承がうまくいったから集落に幽鬼が入り込むことはなかったが、そのときに瘴気が満ちたことから流行病が蔓延したんだ……ちょうど十年前だ。雲桜が滅んだ」

 あのとき滅ぼされた集落は実は竜糸だったのかもしれない、と夜澄は自嘲する。

「そのときの俺は何もできなかった……自分のどこが神なのだとこの身を恨みたくもなった。裏緋寒の乙女を探しに竜糸以外の集落に行って、探しだした裏緋寒だけでなく自分までも危なかったのだから」

 殺された裏緋寒の乙女は『天』の加護を持っていたという。それゆえ、裏緋寒だと感づいた幽鬼にしぶとく追いかけられ、最後には瘴気に毒されて死んでしまった。彼女を救うため、癒しの強いちからを持つ雲桜の集落に向かっている最中だったという。

「……じゃああのとき、夜澄も雲桜にいたの?」

 雲桜が幽鬼の襲来を受けたとき。もしかしたら、夜澄を追った幽鬼が、偶然、雲桜の結界の綻びに気づいたから、一気に襲いかかってきたのだろうか?
 朱華の言葉に、夜澄は哀しそうに瞳を伏せる。

「いや。俺は雲桜の滅亡を目の当たりにしていない。あのときの俺は、自分のことで手一杯だった……」

 あれから十年。雲桜を滅ぼして満足したのか幽鬼はいったん姿を消した。危機を免れた竜糸はこのまま結界を守りつづけるぶんには問題なかったが、代理神の半神がいなくなってしまったことから、事態は急転する。

 そして三人目の裏緋寒の乙女が朱華なのだと、夜澄は告げる。

「今度こそ、竜頭を完全に起こしたいんだ。生贄にして一時的に驚かして地上に喚ぶわけではなく、神嫁を娶せて地上に縛りつけるわけでもなく……花嫁を迎えるにしろ迎えないにしろ、己の意志で、地上に居座って欲しいんだ……それに、これ以上、神の役割を担いつづける人間、代理神に負担をかけさせたくない」
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