蛇と桜と朱華色の恋
――お呪い、か。
夜澄は朱華のかわいらしい言い方に苦笑を浮かべながら、彼女の肩を自分の方へ振り向かせ、ぎゅっと抱き寄せる。
「お前は、わかっていて俺に頼んだのか」
夜澄の身体に入り込んだ竜神に唇を合わせて記憶を取り戻すことだってできたはずなのに。朱華は竜神に唇を奪われる前に、心の奥でとっさに夜澄を呼んだのだ。
だから夜澄は竜頭の邪魔をした。小雷神と蔑み追い払った。そして依代として入った竜頭に、あえて自分の気持ちを読み取らせた。
――朱華は俺がもらう。彼女は俺の……
竜頭はあれ以来何も言ってこない。表裏の緋寒桜を揃えて本体を地上に迎えることさえできれば、朱華は竜糸の裏緋寒としての役目を終えられる。竜頭が彼女を神嫁にしないのなら、夜澄が彼女を求めても何の問題はないはずなのだ。
「桜月夜と裏緋寒の恋は神々に認められていないって、星河は言っていたけれど。夜澄は桜月夜である以前に、神だったのだから、その制約には値しないよね?」
念を押すように、朱華が菫色の瞳を潤ませながら夜澄にきく。
「ああ」
「ならばやっぱり、夜澄がいい」
「辛い記憶だとしても?」
「あなたが傍にいてくれるのなら、きっとあたしは大丈夫」
琥珀色の瞳に、黄金色のひかりが交わる。けれどそれは竜頭が夜澄のなかに入り込んだときよりも優しく柔らかな、白金の、月の輝きのような双眸。
「後悔するなよ」
優しい声で、夜澄は神謡を口ずさむ。懐かしくて安心できる詠唱を彼の胸元で耳をあてた状態で、朱華も詠唱を紡ぐ。夕暮れ時の湖に、淡い紅色の雲がたゆたう。
甘くてくすぐったい、恋する神々の悦びが謡われた神謡だった。
「Anramashu retar imeru arkishiri〈美しき白い稲光よ、帰っておいで〉」
そして、ふたりは瞳を閉じて、柔らかな口唇を重ねあう――……