蛇と桜と朱華色の恋

 人間には隠せても神には隠せぬぞと笑いながら、至高神はなおもつづける。

「おぬしのまわりにおる神々はどれも不完全ゆえ、おぬしが幽鬼であることには勘付いておらぬ。だが、妾や竜糸の外の土地神はお主が何者か、すでに理解しておる。他の幽鬼と異なり、妾たちが愛する人間をむやみに傷つけようともせぬからな。のう、颯月(そうげつ)……いや、(がい)と呼んでも構わぬか? 火の女神と幽鬼の間に生まれた息子よ」
「何、を」
「――手を貸してやってもよいぞ?」

 蠱惑的な笑みを浮かべて至高神は颯月を見下ろす。颯月の方が身長があるにも関わらず、見下ろされているとしかいいようのない威圧感が、至高神にはある。

「妾が『風』のちからをおぬしに与えたのは事実じゃが、それはもともと『風』の加護を結ぶ火の神の血がおぬしのなかに入っていたからじゃ。凶暴な幽鬼に犯されおぬしを産んで儚くなった火の女神……彼女は妾の娘。ならばおぬしは妾の孫、幽鬼に穢されようがなんの問題もなかろう。それに、おぬしは神でもなく幽鬼でもなく妾に人間として生き、里桜(りお)の傍で一生を過ごしたいと希ったのじゃ。妾が気にかけるのは当然のことであろう?」

 それは雲桜を滅ぼした幽鬼が未晩の手によって封じられてしまったとき。事態を見ていた至高神が現れ、颯月を掬いあげたのだ。

 ――彼女は何も知らない。あのとき、烏羽色の髪の彼女の身体を媒介に、至高神が舞い降りたのを。

 逆さ斎になることを決意した烏羽色の瞳の少女に、至高神は入り込み、颯月に告げたのだ。

「その願いを、叶えてやろうぞ?」

 あのときと同じ。何を考えているのかさっぱりわからない至高神の甘い言葉。ふだんは傍観に徹して、ここぞというときに事態を動かす天空の孤高の姫神。不老不死の彼女は、颯月の困惑すら、空に似た色彩の瞳で、的確に見抜く。
 あのときは、有無を言わずに手を取った。彼に言われるがまま故郷を滅ぼすことに加担した償いには程遠いけれど、目の前で苦しむ九重を傍で、援けたいと思ったから。ただ祈った。自分はもう、彼らとともにいられない。だからせめて、彼女の未来を護らせて……

 幽鬼のくせにおこがましいと消されてもおかしくなかったはずなのに、気まぐれな至高神は彼女の姿で涯という名の幽鬼をあっさり救ったのだ。今日からお前はレラ・ノイミの『風』の民だ、と。風祭の神殿で修業を重ねて新たなふたつ名を手に入れて待っていろと。すぐに願いを叶えてやる、と。
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