三度目のファーストキス
 ♢♢

「ももちゃん、ももちゃん。」
「はーい!何にされますか。」
「今日は抹茶大福にしようかのう。」
「わしは芋羊羹にするよ。」
「はい。かしこまりました。」

 午後3時。桃花は自宅近所の和菓子屋で働いていた。高校生のころからアルバイトを始めもう5年目になる。

「ももちゃんは今日から大学が始まったんじゃろ。じじは変な虫がつかないか心配だぞぅ。」
「そんなの全然いないですよ。」
「ももちゃんはかわいいから気を付けないと。男は狼じゃからの。」
「そうじゃ。そうじゃ。気をつけるんだぞ。」
「ふふっ。そんなこと言ってくれるのはおじいちゃん達だけですよ。」
「菊蔵の大事なももちゃんだからのぉ。菊蔵は元気かい?」
「ええ。静岡で元気に野菜作ってくらしてますよ。よく送ってくれます。」

 常連のじいじ達が口々に桃花を心配する。近所に住む桃花を小さいころから知っている。数年前までいっしょに住んでいた桃花の祖父の友人でもある。

「あんなに小さかったももちゃんがこんなにかわいい女性になるなんてなぁ。」
「じじがもう少し若かったら変な虫がつく前にわしが守ってやるのになあ。」
「それはわしの役目じゃぞ。ふぉっふぉっ。」

 じいじの一人が桃花の手を取った。

「本当に気を付けるんじゃぞ。特にあそこの茶色い頭のヤツとは離れておくんじゃぞ。あいつはどうしようもな...っ?」
「お~い。エロじいさん達。ももちゃんに触るのはやめなよ。」

 茶色い頭と呼ばれていた小田原智(おだわらとも)が繋がれた手を叩いた。

「おお。痛い。痛い。智坊。こやつには気をつけるんじゃぞ。」

 叩かれた手をわざとらしくさすりながらじいじが横目で智を睨む。

「ももちゃん、こいつと手をつなぐと妊娠するぞい。その点じじ達は安心だからのぅ」
「うるさいいよ~。エロボケじいさん。妊娠の仕方も忘れちゃったなら俺が手取り足取り教えようか?ふふっ。」
「そんなのはももちゃんに聞いた方がいいわい。」
「おーい。そろそろレッドカードだってば。」

「ぷっ。あははは。」

 3人が笑い出した桃花を見る。

「ふふっ。ホント仲良しですね。」

 その様子に智が苦笑いする。

「もう。何笑ってるの。ももちゃんが甘いからじいじ達が調子にのるんだよ?」
「私は全然大丈夫ですよ。おじいちゃん達と話すのたのしいですもん。」
「ほらぁ。ももちゃんは天使でかわいいのぅ。智坊は早く饅頭持って来んかい。」
「あ、私が...」
「ったく。俺が行ってくるからももちゃんはエロじいじ達の相手しててね。」
「私も行きます。それじゃ、失礼しますね。」

 桃花はじいじ達に一礼して急いで智の後ろを追いかけた。

「おーい、じいちゃん。注文入ったよ。抹茶大福と芋羊羹ね。」
「準備できてる。あいつらの声大きいから聞こえてた。」

 智に少し似た優しげな目元をより皺にして微笑んだ。

「俺持って行くね。ももちゃん行くとまた絡まれるよ。」

 王子のようなスマイルを残して智が先ほどの席へ戻って行く。また何か話す彼らを見て桃花は微笑ましく見つめた。

「智せんぱーい。こっちきてくださーい。」

 甘えるような声がしてそちらを見る。店には似合わない派手な恰好をした女性2人組。他にも若い女性客が多い。智のことを熱い視線で追っている。

 ここは智の祖父が営む和菓子喫茶店「とも庵」。小さい店内は数席のみ。手作りのカラフルな和菓子とお茶が楽しめるアットホームな店だ。もちろん、和菓子の購入のみもできる。毎日近所の年配客と智ファンで賑わっている。

 手が空き、桃花は今朝久しぶりに会った幼馴染をふと思い浮かべた。ずっと会わなかったのに変わらずキラキラした笑顔で話す彼に桃花はどう接したらいいのか戸惑っていた。

「あれー?ももちゃんどうしたの?浮かない顔して。」
「え?そう?何もないよ。」

 桃花はニコと微笑む。それを見て智は桃花の頭をぽんぽんなでた。

「そうかな?俺はかわいいももちゃんのことはよくわかるんだけどなぁ。違った?」
「もう。何言ってるの...何にもないよ。」

 桃花は智の手を優しくどかした。

「そうかなぁ。そんなはずないけどなぁ。」

 前を向いてしまった桃花の横顔を智はじっと見つめた。

 


                  
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