三度目のファーストキス
癒しの君ー智
「今日はどら焼きを作ろうかと思っとるんじゃが。」
「はい!!」

 元気なももちゃんの声が調理場に響く。

「…くっ…」

 思わず笑みがこぼれた。本当にこの子はかわいいなあ。いつも一生懸命。一人ほんわかしてる時に二人の視線が俺に注がれた。

「時に、智。お前はなぜここにおる?」
「……冷やかしに?」

 テヘと笑い舌を出すと、じいちゃんの冷たい視線が突き刺さる。

「邪魔だから向こうに行っておれ。」
「…ハーイ」

 俺はしぶしぶ部屋の中に入って行った。じいちゃんの家は店と調理場が両隣にくっついていてその後ろに生活スペースがある。調理場から扉一つで繋がっている。

 元々和菓子が好きだったのはばあちゃんだった。有名和菓子屋で買ってきたり、自分で作ったり。そんなばあちゃんに影響されてじいちゃんも和菓子が好きになった。よく仲良く二人で和菓子を作っていたっけ。子供のころよくじいちゃん家に遊びに来てそんな仲の良い二人をまぶしく見つめていた。まだこの家が建つ前の頃。

 ばあちゃんが早くに亡くなり、自分の和菓子の店を持つという夢をじいちゃんが代わりに叶えようと今のこの家を建てた。ばあちゃんが亡くなった今でも二人の絆を感じる。俺はもう何年も自分の家に帰っていない。中学の頃は行ったり来たりしていたが、高校生になってからは、ほぼここが俺の家だ。じいちゃんとの二人暮らしが気楽でいい。

リビング……居間?純和風のじいちゃんの家だからこっちのがしっくりくるか。居間で寝転んで携帯をいじる。かすかに畳の香がする。

「じゃあ、あんこを作ろうかな。昨日水につけておいたから、これを煮込んでくれるかの。」
「はい!」

 二人の声を聞きながらメッセージを確認する。

【何してるの?遊ぼうよ】

【今日飲みに行きたい】

【会いたい】

 女の子たちから数件メッセージが来ていた。一通り目を通すけど軽くため息をついて携帯を放り投げた。

 はあ~あ。何だかダル。今日に限って何故か返事を返すのがめんどくさい。

「いつも手伝ってくれてありがとうねぇ。ももちゃんと作るのたのしくてのう。」
「こちらこそ、ありがとうございます。勉強になってうれしいです。」
「本当ならバイト代払わんといかんのに、すまんのぅ。細々とやっとる菓子屋じゃからの。」
「そんな!バイト代なんて!私が好きでお願いしてるんですから!いつでも手伝います。」
「そんなももちゃんに甘えてすまんのう。ありがとう。」

 二人の会話が聞こえる。ももちゃんが焦って両手を前で振りながら否定する様子が手を取るようにわかる。ふふっ。自然と笑みがこぼれる。

「私、しょうじいちゃんのお菓子が大好きなんです!素朴で暖かくて優しくておいしい…そんなしょうじいちゃんの店で働けて幸せです!私こそありがとうございます!」
「うれしいこと言ってくれるのぅ。」

 あはは。またすごく興奮してる。ももちゃんは和菓子が大好き。それで和菓子職人になるのが夢だ。じいちゃんのようにこじんまりとしたアットホームな店を持つのが。ももちゃんは眩しすぎる。夢がはっきりしていてそれに向かってがんばっている。まじめで純粋で...ホント、俺には眩しすぎる。

「ももちゃんは本当にかわいいのぅ。わしの孫にしたいくらいじゃ。」
「ふふっ。私もしょうじいちゃんの孫になりたいです。」
「そうかそうか。」

 とうとうじいちゃんはデレデレし始めた。ももちゃんがかわいいのはわかるけど、これじゃあ、常連のじいじ達と同じじゃないか。俺は苦笑した。ももちゃんは素でじいちゃん達をメロメロにしてしまう。今どきこんなにじいじ達と仲良くしてくれる若い女の子はいないだろう。

 俺は立ち上がり、調理場の方へ行った。
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