嘘と愛

「こんな遅くまでお疲れ様です。暗いので、途中まで一緒に行きますよ」
「いえ、結構ですよ。近いので」
「え? 近くですか? じゃあ、家まで送りますよ」
「いえ、大丈夫ですから。ご心配なく」

 そのまま零は先に歩いて行った。


「ちょっと待って下さい。僕も同じ方向ですよ、一緒に行きましょう。女性の夜道は危険ですから」

 しつこいなぁ…何で今日はそんなに追ってくるわけ?
 零は足を止めてふり向いた。

「あの…。どうして、私にそんなに近づいてくるのですか? 」

 零が尋ねると、聖司はニコッと笑った。

「好きだからです、貴女の事が」
「はぁ? 」

「もう、ずっと前から好きなんです」
「何を言っているんですか? ずっと前って…」

 笑った顔のまま、聖司はじっと零を見つめている。

「僕は、貴女が産まれてた時からずっと知っています」
「産まれた時から? 」
「はい」

 スッと聖司の笑顔が消え、真剣な眼差しで見つめられ、零はドキッとした。
「…桜…。それが、貴女の本当の名前ですよね? 」

 な、なにこの人…どうしてその名前を知っているの? 

 ちょっと驚いた顔をしている零を見て、聖司は口元だけで笑った。

「貴女のその瞳の色で分かりました。日ごろは眼鏡で、隠しているようですが。僕には分かりますよ」
「何を言っているのですか? 」

「僕の母親は、今は城里瑠璃と言いますが。22年前は、草加部瑠璃という名前でした。城里さんと再婚して、苗字は変わりましたが」

 草加部? 
 確か…担当医師が草加部瑠璃って言っていた。
 まさか…。

「気づきましたか? 僕の母は、貴女を取り上げた担当医です」

 担当医の息子…?
「当時、僕はまだ小さかったのですが。母の病院に、たまたま行ったのです。その時、母が双子の赤ちゃんが生まれたって見せてくれました。とっても可愛い双子の赤ちゃんで、目を開いたら緑色の瞳でしたから覚えていました。その赤ちゃんが、誘拐されて。母も色々と大変だったようです。病院を辞めて、暫くは小さな産婦人科で働いていましたが。今では独立して、個人病院を経営しています。城里さんに出会って、再婚して落ち着いたようですから」

「そうですか…。それで、22年前の誘拐事件の事、知ってたのですね? 」
「それだけじゃありませんが。母が、あの誘拐事件の重要証言をしたことで。事件は、大幅に変わってしまいましたからね」

「なるほど…。でも赤ちゃんの時に見た人を、今でも好きって…」

 一歩、一歩…。
 聖司は零に歩み寄ってきた。
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