嘘と愛

 人気のない港第二倉庫。
 古びた倉庫はめったに人が来ない。


 ディアナは目だたない黒系の薄手のコートに、つばの広い帽子をかぶっている。
 化粧は薄く今までの派手さはない。


 7月も終わりに近づき、夏の暑さが増してきた今日この頃。

 早朝の港はちょっと涼しい。


 港に向かう船を見ながら、ディアナは楓を待っていた。


 コロコロ…。

 スーツケースを引く音が近づいて来て、ディアナはそっと振り向いた。


 黒いスーツに身を包んだ楓が、大きめのスーツケースを引いて歩いて来るのを目にして、ディアナはフッと笑った。

 ディアナの傍に来ると、楓は立ち止まった。

 22年。
 ディアナは楓を遠くから見た事はあっても、こうして間近で見ることはなかった。
 変わらない美しさと若さ、そして女神のような優しい目をしている楓を見ると、あれだけの事をかぶせられたのに何故穏やかでいられるのだろうか? と、ディアナは不思議に思った。

 犯罪者にされて自分より不幸なはずなのに…幸せそうに見える楓に、ディアナは自分が惨めなのではないかと思わされた。

「約束のお金、持って来たわ」

 スーツケースを差し出した楓を、ディアナは鼻で笑った。

「本当に持って来たんだ、お金」
「ええ」

 スーツケースを広げて、楓は中を見せた。
 スーツケースの中には沢山の札束が入っている。

 それを見たディアナは、期待に満ちた目をして息を呑んだ。


「これだけあれば、月にでも逃げることが出来るわ」
「月? いいかもしれないわね、地球じゃなくて宇宙に逃げるのも」

 スーツケースを閉じて、楓はディアナに渡した。

「有難う、確かに受け取ったわ。これで、あんたとは全く無関係の他人。私はこれから、別人になって自由に生きるわ」
「ええ、それで本当の幸せを掴んでほしいって願っているわ」

 そう言って、楓はバッグからパスポートを取り出した。

「これ、私からの餞別」

 ん? と、ディアナは楓を見た。

「姉さんが持っている偽造パスポート。それ、警察に名前が知れているわ。だから、新しいパスポートよ」

 ディアナはパスポートを受け取り中を見た。

 パスポートの中は写真はディアナで、名前が田中菊代(たなか・きくよ)となっていた。

 パスポートを見て、ディアナはフッと笑った。

「いいの? こんなことして、バレたら捕まるわよ」
「大丈夫。これから、最後の嘘をつきとおすから」

 ん? とディアナは不思議そうに楓を見ていた。


 すると

 近くにあったクルーザーが動き出した。
 ディアナは何事かとクルーザーを見ていた。


 クルーザーは暫く動いて港から離れると、勢いよく爆発した。

「え? 」

 驚いているディアナを見て、楓はホッと一息ついた。
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