嘘と愛
「自分に嘘はついていない。…仕方ないだろう? 椿として、見つけられてしまったんだから。…あの子には、何の罪もない…。あの子が、ここに来たのは誰のせいでもないから…」
ギュッと拳を握りしめ、幸喜は悔しそうに口元を引き締めた。
「…あの事件が無ければ…。ここにいるのは、本物の椿だ…」
あの事件。
それは22年前の誘拐事件。
人々からは忘れられている22年前の誘拐事件。
その誘拐事件は一人の赤ちゃんは無事に戻り、もう一人の赤ちゃんは殺され、犯人は逮捕され解決したと報じられている。
だが。
真相は大きく違っていた。
その違った真相の為に、幸喜は偽物家族を演じなくてはならなくなったのだ…。
数日後。
あれから大雅は、仕事はちゃんとこなしているが幸喜とは一切口をきいていない。
仕事上で必要なことは話しているが、それ以外の事は一切話をしない。
幸喜は大雅がどこでどうしているのか気になり、跡をつけて見たが巻かれてしまった。
それ以来、大雅は幸喜に跡をつけられないように駅からタクシーで帰る事が多くなった。
ディアナの行くへは一向に判らないまま、美奈の事件も謎を残したまま時だけが過ぎていた。
そんな時だった。
遅くまで仕事をして、幸喜は帰宅する為に駅前を歩いていた。
大雅の事が気になり考え事をしていた幸喜。
大雅に電話をかけてみようかと、携帯電話を手にした時。
ドン!
と、誰かにぶつかってしまった。
「あっ! 」
ぶつかった弾みで、鞄を落としてしまった幸喜は、鞄を閉め忘れていたのか、中身が地面に散らかってしまった。
ふと見ると、ぶつかった相手も鞄を落としたようで中身が散らかっていた。
手早く自分の物を拾って鞄に入れると、幸喜は相手の散らかった物を拾う手伝いをした。
「すみませんでした、ちょっと考え事をしていましたので」
幸喜は相手が落とした黒い手帳を拾って差し出した。
「っ! 」
幸喜は手帳を渡そうと、相手を見て息を呑んだ。
「こちらこそ、申し訳ございません…」
小さめの声で謝ったのは、以前、大雅とカフェで会っていた女性だった。