嘘と愛
今日はシックな茶色いワンピースに、黒いジャケットを羽織っている。
左胸に金色のバッジがついていて、そのバッジは弁護士のバッジだった。
相変わらずサングラスをかけている女性。
この暗くなった夜にサングラスが必要なのだろうか?
茫然とした目をしている幸喜から、手帳を受け取った女性はそのまま鞄にしまった。
女性が手帳を鞄にしまうのを見て、幸喜はハッと我を取り戻した。
「お怪我がございませんか? 」
「はい、大丈夫です。そちらこそ、お怪我されていませんか? 」
「いいえ、ぜんぜん大丈夫ですよ」
「本当に、申し訳ございませんでした」
「いえ、それより。貴女は弁護士さんなのですね? 」
幸喜にそう言われると、女性はハッとして俯いた。
「事務所はここの近くですか? 」
「はい…」
「それでしたら、少しお話をさせてもらえませんか? 我が社の顧問弁護士が、もう高齢で代わりの顧問弁護士を探していたのです」
「い、いいえ私は…」
「顧問料をは弾みますよ。ご希望の金額を、お支払いしますので」
「いえ、私は国選弁護人ですので。民事は請け負っておりません」
「ですが、顧問弁護士の方が安定して稼ぎになると聞いておりますので」
「いえ…。とんでもございません、失礼します」
頭を下げて、女性は去って行った。
女性が去ってゆくを見て、幸喜はハッとなった。
「なんで…こんなこと言ったんだろう…」
去り行く女性の後姿を見ると、幸喜の胸がキュンと鳴った。
この気持ちは何だろう…。
この気持ちは、あの水原と言う刑事と会った時にも感じた。
そして…
「イリュージュ…」
遠ざかる女性の背中にイリュージュの名前を呟いた幸喜。
「イリュージュ…もう、いい加減に出て来てくれ。…僕の中ではずっと、止まっているんだよ。22年前のまま…。あの事件は終わっていない…。君は犯人じゃない。…僕には判る…」
去り行く女性の姿を見ながら、幸喜は無意識に呟いていた…。
遠ざかる女性の姿に、幸喜は心から愛した女性の姿を重ねていた。
イリュージュと言う、綺麗な金色の髪の女性…。
もう…22年…。
幸喜はイリュージュの行くへをずっと探している。
あの22年前の事件。
それさえなければ、幸喜の隣りにいたのはイリュージュという女性だったのだ。
幸喜が心から愛した人であるイリュージュ…。