嘘と愛

「椿？　なんだ？　」


　椿の名前を聞いた零が、ちょっと鋭い目で大雅を見た。


「…はぁ？　それがどうかしたのか？　…お前に関係ないだろう？　…はぁ？　なんで…。別にそんな時間に…ああ、解った行けばいいんだろう？　ああ、解ったよ」


　電話を切った大雅は大きくため息をついた。


「ごめんな、妹からだった」
「妹さん…？　」

「まぁ、俺とは血の繋がりがないんだけど。いつも、お金が無くなると俺に貸してくれって言ってくるんだ」

「…そう…。妹さん、働いていないのですか？　」
「働いているけど、金使い荒いからさっ」

「…そうなんですね…」

　零は食べ終わった食器をシンクに持って行った。


「あ、俺が洗うからそのままでいいぞ」
「はい。じゃあ、お風呂用意してきますね」

　零はそのままお風呂場に向かった。


　なんとなく大雅は、零の様子が変なのに気付いた。
　椿の名前を聞いたからだろうか？
　大雅はそう思った。



　お風呂の準備をしながら、零は何かを考え込んでいるようだ。

「椿…ねぇ…」

　フッと口元で笑う零。

　

　しばらくして。
　大雅がお風呂に入っている間、零は手帳を開いて写真を見ていた。

手帳の中の写真には、零と同じくらいの女性が写っていた。
　顔立ちが零と似ているがちょっと違う。
　どちらかと言えば、可憐で清楚な美人系で、綺麗な切れ長の目をしている
　痩せこけた頬に青白い顔をして、肩まで届く長い髪を二つに分けて結って、かわいいピンク系のパジャマを着ている姿は弱々しい病人のように見える。

　風景から見ての病院のようだ。

「…椿は…ここに居るのに…」

　写真を見つめている零の目が、悲しげに揺れている…。




　大雅と入れ替わりにお風呂に入った零。
　大雅は零がお風呂に入ると電話をかけ始めた。

「もしもし…。はい、俺は大丈夫です。でも椿が、一緒にいるところを見たようで…。いえ、まだ何も…はい…。そうですね…はい…　…え？　…そうなんですね…分かりました…。大丈夫です、俺が護りますから。…　…はい、ご心配なく…」

　電話を切ると大雅はベッドに腰かけ一息ついた。


「…やっぱり、運命には逆らえないよな。…愛し合っているんだから…」

　天井を見上げ、大雅はそっと微笑んだ。

　
　
　間もなくして、零がお風呂から出てきた。

　そのまま寝室に行くと、電気が消えて床頭台の電灯だけがついていた。

　零がベッドに行くと、大雅は横になっているうちに、いつの間にか眠ってしまったようで、心地良い寝息をたてていた。
　
　零は大雅の寝顔を見て、嬉しそうに微笑んで、そのまま横に入って目を閉じた。

　すると…。
　ギュッと大雅が抱き着いてきた。

「ちょっと！　寝てたんじゃなかったの？　」
「起きてたよ」
　
　そう言って、大雅が零の耳に甘噛みしてきた。
　くすぐったくて、目をしかめる零を見て大雅はクスッと笑った。

「ねぇ、今日はいい？　」
　
　耳元で囁かれて、零は赤くなった。

「あれからずっと、出来ないままだったよね？　零が仕事の帰りが遅かったり、宿直だったり。あの日だったり。今日は、大丈夫そうだよね？　帰りも早かったし、まだ時間も早いから」
　
　壁の時計は22時を指していた。

「明日…早いので…」
「早いって？　」

「えっと…その…」

　答えに詰まってしまった零に、大雅はそっと覆いかぶさった。