嘘と愛
 夕食も終わって、久しぶりに零はゆっくりとお風呂に入った。
 片手でも上手に洗髪も、洗顔もでき、体を洗う事も出来る零。

 赤ちゃんの時に切断した左手。
 気づいた時はもうなかった左手は、ないのが当たり前で育っている零。

 集団の中に行くと、好奇の目で見られて同情する人もいれば避けて行く人もいた。
 それでも零は左手がない自分を責めようとは思わなかった。

 いつも「お前は完璧だよ」と父が言ってくれていたのだ。
 その言葉で零は元気なれていた。


 広い浴槽にゆったり浸かって、零はのんびりした気持ちになれた。

「…こんな気持ちになるのは、久しぶりかもしれない…」
 
 そう呟いた零は、警察署長だった父親が亡くなる数日前に話してくれたことを思い出していた。


 零の育ての父親、警察署長だった水原隆司(みずは・らたかし)と母親水原喜代華(みずはら・きよか)。

 2人は年の差が18歳あった。

 喜代華は18歳で結婚して、隆司に好きなことをさせてもらっていたが、あまり丈夫ではなくちょっと働きに出るとすぐに体調が悪くなり寝込むことが多かった為、隆司が専業主婦でいいと言って20代後半からずっと専業主婦のままだった。

 結婚して10年経過しても、隆司と喜代華の間には子供ができず、体が丈夫ではない喜代華は自分を責めていた。


 そんな時。
 大怪我をして、川岸に捨てられていた零を見つけて隆司が助けた。

 何かで押しつぶされたのか、左手から酷い出血で頭からも出血が見られ、救急車を呼ぶよりも自分が連れていくのが早いと思った隆司は病院に電話をしてそのまま零を連れていった。


 病院に連れて行った零は、何とか命を取り留めたが、左では複雑骨折していて切断しなければならないくらいだった。

 産まれて間もないのに、左手を失ってしまった零。

 どこの病院で産まれたのか、誰が親なのか全く判らず、そのまま児童施設に送られることになった零。
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