嘘と愛
「社長の宗田です」
幸喜は零に名刺を渡した。
差し出された名刺を、零は右手だけで受け取り、胸ポケットにしまうと、警察手帳を取り出し幸喜に見せた。
「金奈警察署の水原です。本日は、奥様に殺人容疑の疑いがかかっているので、お話を伺いたく参りました」
え? と、幸喜は驚いた目をしたが、少し深呼吸をして椅子に座るように零を促した。
向かい合って座ると、幸喜はじっと零を見つめた。
見つめる視線はとても優しく、暖かく…
零はそっと視線を反らして話を続けた。
「…先日、身元不明の女性の遺体が見つかりました。その女性と、最後に会われたのがディアナさん。社長様の奥様である事が判明しました」
「ちょっと、待って下さい。彼女は、現在意識不明で入院中です。それは、ありえないと思います」
「ですが、近くの防犯カメラに奥様の姿が映っております。そして、その女性と話している姿も目撃されております」
「そんなバカな…」
驚いている幸喜を見て、零は口元でニヤッと笑った。
「ではお伺いしますが、4日前、奥様のお見舞いには行かれましたか? 」
「はい、毎日行っておりますので」
「それは何時でしたか? 」
「夜の7時から消灯前の20時30分頃まででした」
「それでは、深夜22時~0時までの間は。貴方は奥様の傍には、いらっしゃらなかったと言いう事ですね? 」
「ええ、そうですが。その時間でしたら、病院側がちゃんと見ているので」
零はフッと笑った。
「そうですね。病院が、ちゃんと見ていたなら…その証言があるのでしたら、奥様のアリバイは成立するでしょうね」
「どうゆう事でしょうか? 」
「いえ。…深夜の手薄な病院でのことですので、見落としもあるのではないかと思われますので。その辺りは、防犯カメラで確認しているところです」
そう言いながら、零はカバンから小さな透明な袋を取り出した。
その袋には指輪が入っている。
プラチナの結婚指輪のようだ。
「これに見覚えはありませんか? 」
幸喜は袋を手に取り指輪を見た。
指輪をじっと見つめている幸喜を、零は冷ややかな目で見ていた。
「すみません。…分からないです…」
そう答えた幸喜に、零は眼鏡の奥で鋭い目を向けた。
「そうですか。分かりました」
テーブルの上に置かれた袋をカバンにしまうと、零は一息ついた。
「お話は以上です。お時間をとらせてしまい、申し訳ございません」
スッと立ち上がり、零が鞄を手に取ろうとした時。
そっと、幸喜が零の肩に鞄をかけてくれた。
え? …と、驚いた目で零は幸喜を見た。
「左手、お怪我をされているのですか? ずっと、使わないようにされていたので」
「…いえ…」
じっと、幸喜は零の左手を見つめた…。
零の左手をじっと見ていた幸喜は、ズキンと胸に痛みを感じた。
そして何かが見えたのか、ハッとなった幸喜…。
「お気遣い、有難うございました。これで、失礼します」
頭を下げて去ってゆく零。
幸喜は去り行く零の背中をじっと見ていた。