嘘と愛
 
 去り行く零の背中を見ていると、どこか悲しそうに見えた。
 肩から掛けているショルダーバッグが、とても重そうに見えて、なんだか零は一人で大きな荷物を背負っているように思えた。

 だが幸喜の胸はとても熱くなっていた。
 
「…イリュージュ…。驚いたよ、君にそっくりだったから…」

 イリュージュと呟いた幸喜の目が潤んでいた。
 
 イリュージュ…。
 美しくまるで女神のような女性だった…。
 だが…そのイリュージュは、22年前あの事件で逮捕された犯人。

 その女性の名を幸喜は何故呟くのか…?

 遠い何かを思い出したかのように、ずっと去り行く零を見つめている幸喜。

「…桜が生きているなら、きっと…。これは、運命の始まりなのかもしれない…」

 潤んだ目で幸喜はそっと微笑んだ。



 ビルを出て歩いて来た零は、さっきよりちょっと強張った顔をしていた。

(左手、お怪我でもされたのですか? )
 
 優しく労わる言葉をかけてくれた幸喜の声が、何度も頭の中に繰り返されていた…。
 零を見つめる幸喜の眼差しはとても穏やかで、どこか心の中を見透かされているような気になってしまう…。

 なんで気づいたのだろう…。
 誰も気づくことないのに…。

 歩道橋の上で零は足を止めた。


 電車の行き交う動きを見て、零は優しく鞄をかけてくれた幸喜を何度も思い出していた。

「…騙されてはいけない。…あの人は…」
 
 そっと左手を見つめて、零はまた歩き出した。



 
 その日の夜。
 幸喜はいつものようにディアナのお見舞いに来た。

 ずっと意識が戻らないままのディアナ。

 ディアナは事故にあい意識不明になった。
 医師からは意識が戻る確率もあるが、戻らないままの場合もあると言われている為、今は様子を見ているところである。

 点滴で延命しているディアナはいつもと変わらないまま眠っている。

 昼間の話しが気になり、幸喜は看護師に深夜の様子を聞いてみたが、ディアナは変わらず眠っていたと言われた。

 変わらず眠っているディアナが、動くはずはない…。

 幸喜はそう自分に言い聞かせていた。

 だが…気になっている事があった。

 それは零の事。
 零を見た瞬間、幸喜は胸がキュンと鳴り愛しさが込みあがってきた。
 眼鏡の奥で悲しそうな目をしている零を見ると、幸喜の胸も痛んだ。
 そして零の左手を見るとズキンと胸が痛んだ。
 ただの若い刑事で、零は他人なのに何となく気持ちが伝わってきて胸が熱くなるのを感じた。
 
 それに、幸喜は零を見ていると「イリュージュ」を思い出した。
 零の表情や話す仕草が「イリュージュ」と似ていたからだ。
 よく聞いていると話す声も似ていた…。

 零の左手からは悲痛な思いが伝わってきて…。
 幸喜は何かが動き出したと感じていた。
 きっとこれは、あの22年前の事件が真実を明らかにされていないせいだと幸喜は感じている。

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