冷たい雨
 そこには瀬戸さんの鞄はなく、机の上も綺麗に片付けられていた。

「あのね……、白石くんが教室を飛び出して行ったあと、梓紗、倒れて早退したの」

 僕の隣の席に座る、確か加藤さんだっただろうか、クラスメイトの名前すら碌に憶えていないのだから始末が悪い。
 そんな事よりも、加藤さん(仮)の発言が気になった。瀬戸さんが倒れたって……。

「私と梓紗、小学校から一緒なんだけど、確か去年かな……、体調を崩して。
 本人は大丈夫って言うからこっちも何も言えないけど、見た目からしてちょっとやせ過ぎだし、もしかしてまだ完治してないのかな。今日みたいに急に倒れちゃうと心配なの」

 確かに隣の席のこの子が言う様に、瀬戸さんは見た目かなりやせている。年頃の女の子のダイエットと言っても、あれは下手したら病的なやせ方だと素人の僕でさえも思ってしまうレベルだ。
 もしかして、教室の中でも明るく振る舞いつつも本当はかなり無理をしているのだろうか……?
 クラス委員、さっきは勢いであんな風に断ったけど、引き受けた方が良かったのか……?

「六限が終わったら、今日はクラス委員会があるんだけど、梓紗早退しちゃったから……。
 白石くん、梓紗の代わりに出てやってくれる? ……えっと、多分白石くん、多分私の名前覚えてないよね?」

 僕が瀬戸さんの事を考えていると、隣の席の彼女が唐突に尋ねた。ぶっちゃけアウェー感満載で、瀬戸さん以外誰が誰やら分からない状態だ。
 僕の表情を読んだのだろう、苦笑いを浮かべながら彼女は言葉を続けた。

「私、加藤由良(かとうゆら)って言うの。取り敢えず顔と名字だけは覚えてね」

 やっぱり加藤さんで合ってた。僕が頷いて返事をしたところで、ちょうど六限開始のチャイムが鳴った。
 六限の授業は現国で、習っていない漢字なんて読める筈もなく、ましてや教科書には小説の文庫本みたいにルビが振ってある訳でもなく、音読で指名された時は僕だけでなくみんなかなり苦労していた。

 授業も終わり、僕は加藤さんに言われた通り生徒会室へと行く事となった。結局クラス委員は僕と瀬戸さんの二人でやる事になっていた。
 今日の委員会は顔見せと自己紹介を兼ねた物だった。この学校では学期ごとでクラス委員が変わるのではなく、一年を通してクラス委員をやらなければならないらしい。しかも二年の三学期には次年度の生徒会役員選出があり、このクラス委員会のメンバーから生徒会役員が選出されるのだと言う。
 そんな事も知らなかった僕は、みんなが立候補なんてせずに他人に擦り付けようとする原因がようやく理解出来た。

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