冷たい雨
 リビングに入ると、ソファーの一つは倒されて、梓紗が横たわっていた。
 身体には布団が掛けられており、顔色は青白い。病院から帰って来たとは言え、まだ本調子ではなさそうだ。
 それでも点滴を投与されたのか昨日よりは少しだけ元気そうに見えた。

「遼、由良、わざわざ来てくれてありがとう」

 梓紗は布団から体を起こそうとするのを加藤さんが制した。

「梓紗、まだしんどいんでしょう? 私達の前でまで無理する必要ないから横になってて」

 加藤さんの言葉に僕も頷いた。本当に、僕の気持ちも加藤さんが発した言葉に集約されている。
 自分の家の中にいるのだから、楽な格好でいて欲しい。
 梓紗は加藤さんの言葉と僕の顔を見て、身体を起こそうとしていたのを止め、そのまま横たわったままだ。

「ごめんね。色々と……。
 心配もかけちゃったし、迷惑もいっぱいかけちゃって」

 寝たきり状態とは言え声には張りもあり、少し安心する。
 見た目だけは弱っているものの、声は元気だし目力を感じるのは点滴のおかげなのだろう。

「点滴を打った後だから身体も元気になる筈なんだけど、熱のせいかな、ちょっと力が入らなくて起き上がるのがちょっとしんどいの。だから横になったままでごめんね」

 布団から見える左手の甲に、どうやら点滴を打ったのだろう。ガーゼと布テープで注射痕の上を覆っている。

「いつもは点滴もね、人の目が気になって足に打って貰ってたんだけど、昨日二人に里沙ちゃんを通じてカミングアウトしたらもういいやって開き直れたから、腕に打って貰ったの」

 僕達の視線に気が付いたのだろう、自ら病気の事を語り始めた。
 僕達は、梓紗のお母さんに促されて梓紗の向かい側のソファーに並んで座った。
 梓紗のお母さんがキッチンに姿を消したので、きっと僕達にお茶を用意してくれているのだろうと想像が付いた。
 もしかしたら、梓紗が自分の病状を僕達に説明する事を聞きたくなくてキッチンに避難したのかも知れない。
 自分の子供が余命宣告を受けていて、その寿命があと三ヶ月と知らされているのだ。きっとお母さんも胸中も複雑だろう。

「梓紗、もう隠し事はなしで全て話してくれる?」

 この言葉に加藤さんの覚悟が窺える。梓紗もそれを感じたのだろう、素直に頷いた。

「分かった……。
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