冷たい雨
 そうする事で、カツラから地毛に戻した事に違和感を失くそうと思って」

「うん、今言われるまで気付かなかった。全然違和感なかったよ。毛先を遊ばせる梓紗の髪型が可愛いって思ってた」

 加藤さんの言葉には嘘がない。僕だって言われるまで梓紗のカツラを見破る事なんて出来なかったし、今の地毛だって可愛いと本気で思うから。
 梓紗もそれを聞いて心の底からホッとした様だ。一気に身体から力が抜け落ちて、ソファーに身体が沈んでいく。

「ありがとう。そう言ってくれて良かった……。
 で、話を元に戻すね。
 二学期に入ってからは二人が知る通りやっぱり無理が祟って、この有り様よ。
 治療をしても全然効果もないし、骨髄提供者も現れない、検査の結果も最悪で余命宣告まで受けちゃったから、もうこれがタイムリミット。
 昨日の体育祭が、自力で外出できる最後のチャンスだったの。
 だから、本当は保健室ででも最後まで学校に残っていたかった。
 もう回復する見込みはないから、昨日、退学届けを出して受理して貰った」

 ソファーに身体が沈んだせいもあり、梓紗の声も先程と比べてトーンが暗い。
 そうやって少しずつ梓紗自身が自分の身の回りの整理を始めている事に、僕は切なくて、悲しくて、溢れ出る涙をこらえる事が出来なかった。人前で泣くなんて恥ずかしいなんて思う余裕なんてない。僕の涙はとめどなく流れている。加藤さんも昨日と同じく涙腺は既に崩壊しており、ハンカチで涙を拭う手が止まらない。

「明日からは、多分家で過ごす事になると思うけど……。
 容体が悪化したら、遼の家の近所のホスピスに運ばれる事になるから……。
 最期の時は……。
 遼には酷な事を言うけど、手を繋いて見送って欲しいの。そうすれば、私も安心して旅立って行けると思う」

 梓紗のお願いは、本当にささやかなものだった。
 命が尽きるその最期の瞬間を僕に見送って欲しいと言う。残されて行くものの辛さよりも、みんなを残して一人彼岸に立つ辛さの方がよっぽど辛い。
 まだ残されるものは、残された者同士での思いを共有出来るけど、梓紗はこの世を旅立ったら、僕達が向こうの世界に行くまで一人なのだ。それがどの位の時間、一人で向こうで待たせないといけないか分からない……。

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