陽光
「…ちょっと待て、お前何してる」
「何って。物分かり悪い連中に制裁下してやるんす」
「は!?」
「余命幾許もない罪人共が神に贖うがいい、くらえ聖水だ!」
自らのモノを取り出し放尿という暴挙に踏み出した杨に事態の収拾が付かなくなる。取り押さえにかかった李刑務官すらも足を滑らせ転倒し、私も警棒を抜いた時だ。
「まるで猿以下ですね」
奥の収監室からだった。私達が振り向けば、既に自ら扉の開いた檻に身を潜めた翡翠が、柵の向こうで静かに此方を窺っている。
「………あ?」
「但し彼らは我々と同じ霊長類ですが小便の躾が出来ないそうです。節度を踏まえた上で、自ら粗相に走る人間の貴方は尚更たちが悪い」
「ベラベラほざくな、ぶっ殺すぞ!!」
「言われなくても四日後死にます」
「やめろ杨 家乐!!」
「離せ!!」
「ぶっ」
「随分〝盛り上がった〟ようだな」
長官室にて、デスクにかけ新聞を眺めていた夏莫尼看守部長が顔を上げ、自身の眼鏡をずらす。腰の後ろで両手を組み壁を睨んでいれば、後れ毛から水滴が滴った。
「お言葉ですが、こういった場面では〝派手にやってくれた〟等の文言が妥当かと」
「はは、これは失礼。しかしまぁ、きみも災難だった。部下とはいえ立派な成人男性の尿を顔面に浴びるというのは、さぞ屈辱だっただろう。いやはや、いつかやってくれるなとは警戒していたが、口車に乗せられて彼は正真正銘の〝小便小僧〟に成り下がったわけだ」
「受刑者に挑発されて我を失うなど言語道断。とは言え教育係は私です、監督不行き届きでした。全ての責任は私にあります。懲戒解雇であれば、この私が」
「処分が下る以前にきみあと四日で辞めちゃうじゃない」
水は洗い流せば落ちる。犯した罪は骨の髄まで滲みて洗っても拭えない。杨はその禁を破った。その責任を負うのは私だ。即日解雇も覚悟していたと言うのに、夏莫尼看守部長の態度はここでも寛容だった。
「心配せずとも杨 家乐がこの北滨拘置所に勤務するのは元々三日の予定だった。看守長のお達しでね、〝話の流れで転んだが、飽き性でそう長くは保たない。熱りが冷めるまで好きにさせてやってくれ〟と。一日で音を上げると見込んでいた長官も大いに驚いたそうだ。それを今日まで繋げた。蓉、これはきみの栄誉だ」
「囚人を殺していたかもしれない」
「死ななかった」
「結果論です」