【短編】桜咲く、恋歌にのせて

二人で慌てて立ち上がり体を離した。

スーツ姿の年配のおじさんが、チラリとこちらに視線を向けながら横を素通りしていく。

その姿が見えなくなるまでどちらも無言だった。

二人の間をすり抜ける風。

さっきまで縮まっていた距離がまた少し遠くなったように感じる。

不意にヒデを見上げると、私の視線に気付き柔らかく微笑んでくれた。


「びっくりしたなー」


クスクスと笑いながら大きく手を伸ばし、背伸びをしながら視線を上空に移す。

その上で今もなおカサカサと音を立てる桜の木の葉。

……こんなこと前にもあった。

さっきまではその音が胸をざわつかせていたのに、今は爽やかな気分にさせてくれる。

ヒデに抱きしめられたから?

私の中で気持ちの変化があったから?


「なぁ、結依」


一人考えこんでいると、ヒデが顔を屈めて私を覗き込み、目を逸らすことなく見つめてきた。


ドクンッ――。

胸が激しく音を立てる。

こんなに低くて真剣な声。

何かを期待せずにはいられない。


「俺の地元知ってる?」

「え? 確か市は違ったけど私と一緒の愛知だよね?」


あ、あれ?


「そう。で、俺が今住んでるのは?」

「……愛知」


もしかして?


「で、結依は地元戻らないの? 俺はできるだけ近くにいたいんだけど」


一歩近づき距離を縮めて見下ろすヒデ。

その視線が狂おしいほど愛しくて、再び辺りがざわざわと音を立て始めた。


「やっと理解した? このニブチン!」


私の表情を読み取ったのか、悪戯っぽく笑うと耳元まで顔を近づけてきた。


「続きは“桜が丘公園”で」

「え、あっ、ちょっと!!」



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