【短編】桜咲く、恋歌にのせて
想い届く、待ちわびた春
ここから少し歩いた先の坂を上ると、ヒデが言った“桜ヶ丘公園”がある。
外灯が辺りを所々少し明るく照らし、月の光が道全体をほんの少し明るく照らす。
だけど……。
暗いことには変わりなくて、木々のそよぐ音さえ恐怖をあおる。
ビクビクしながらも、行き慣れた道を足早に向かっていった。
名前の通り小高い丘の上にあるその公園は、春には桜が咲き乱れていた。
今はもうたくさんの葉をつけて夏の訪れを待ちわびている。
ようやくたどり着いた公園の桜の木の下のベンチに腰をおろす。
見上げれば桜の木々の葉の間から、散らばる微かな星の光。
漏れる月明かりが公園内を照らしだす。
「それにしても信じられない」
ポツリと言葉を漏らす。
深夜の道端に私を一人置いて走り去ったヒデ。
心配じゃないのかな。
一応私も女なんだけど……。
それに、私のこと好きなんじゃないの?
「普通置いていくかな」
ため息を付きながら俯いたその時だった。
吐息が耳元にかかる。
柔らかく包まれるように後ろから抱き締められる。
そして、クスクスと笑いながら囁いてきた。
「後ろからちゃんと尾行してたよ? 俺、気持ち隠すのも気配隠すのもうまいみたいだし」