【短編】桜咲く、恋歌にのせて
「手、離してくれる?」
視線を逸らすことなくヒデを捉える。
フッと顔が緩み、ヒデが口を開いた。
「ドキドキしちゃうから?」
「バカッ!」
勢いよく手を振り解いた拍子に、持っていたビールの缶が床目がけて落ちていく。
カランカラーンッ――。
「あっ」
床を転がるビールの缶。
私はそれをジッと眺めていた。
先に動き出したヒデが屈んで缶を拾う。
「結依ってば、突然東京勤務とか言うしな。フフッ、缶開いてなくてよかったな」
懐かしそうに缶を見つめるヒデ。
きっと、思い出したのはあの日のこと……。
「俺が持っていく」
そう言ってケースごと持ち上げたヒデ。
「ちょっと、全部飲む気?」
「俺と結依なら飲むでしょ」
悪戯っぽく笑いながら、抱えたケースを素早く部屋へと持っていった。
ヒデの言った通り二人でケースを開けるのはそう難しいことではなく、ペースを崩さず次々と飲んでいく。
それに、飲んでいないとやってられなかった。
だって……。
好きで好きでどうしようもない相手が、今……目の前にいるんだから。
ドキドキしている自分に気づかれないように。
ヒデの顔を盗み見ては顔が熱くなっていることがばれないように。
今まで通り平静を装っていた。
「なぁ、結依?」
何の前触れもなく私を呼ぶ声。
いつにもまして真剣な声のトーンと視線。
これで何度目だろう。
こう言った物言いの後のヒデは、何を言いだすか分からない。
「何?」