【短編】桜咲く、恋歌にのせて
儚く散る、弱い心に
ガチャッと微かに音が聞こえて、勢い良く振り返る。
ドアから半分身を乗り出したヒデは、私と目が合うなり声をかけてきた。
「結依ーっ!! つまみなくなったんだけど」
「は? もう全部食べたの?」
「今から買いに行こ」
ご丁寧に上着と家の鍵まで持ってきていて、ヒデのペースに乗らされてコンビニへと向かった。
この辺りの地形には詳しくないはずなのに、私の数歩前を一定の距離を保って歩くヒデ。
近くて遠い距離。
なかなか踏み出せない一歩。
縮まらない距離が私たちの関係を表しているみたいだった。
「もう桜散ったな」
突然立ち止まったヒデが空を見上げる。
凛とした横顔は今も変わらない。
風が吹き、音をたてる桜の木を愛しそうに眺めるヒデ。
もし、その視線が私に向けられたら。
その時は、気持ち隠しきれないかも。
そんなことを思っていると、心の中を覗いたのかと思うぐらいのタイミングで、ヒデが私に視線を移した。
トクン……トクン……。
静かな夜道に胸の音が響きそう。
「結依はさぁ」
私の名前を言うヒデの唇に私を捉える瞳。
すべての動作を見逃さないように、ヒデの顔を瞳に焼き付ける。
何を言われるのか。
ほんの少し期待してしまった。