サヨナラ、セカイ。
2-3
そう言えば連絡先も教えてもらってなかった。結局のところ紛いもののレンアイ。真剣に悩むだけココロが摩耗する。それもユウスケとの5年で学習したこと。

まだ診察も続くんだから必要なのは“無”。・・・そう言い聞かせて。変更になった予約日を迎えた。




「新宮さん、どうぞ」

ピンク色のマスクをした助手の女の子が、愛想良くアイメイクばっちりの瞳で笑みかける。案内された診察台に座るとエプロンをかけられ、「お待ちください」とインターバルが与えられる。

パーティションで仕切られた隣りから、先生が患者さんと話す声がよく聞こえた。親身になって丁寧な説明。そういうところ、とても尊敬できる歯科医だと思う。贔屓目かな。

自分に苦笑していたら治療が終わったらしく、先生の「お大事に」の声がして心臓がコトン。少しだけ音を立てた。でもたぶん平気。ユウスケとも職場ではただの上司と部下だった。誰も気付いてなかった。

「おはようございます新宮さん。お待たせしました、宜しくお願いします」

今までと変わらない先生のトーン。優しそうに弧を描いた眸もいつもどおり。

「おはようございます。よろしくお願いします」

「痛みとかどうでした?」

「特には大丈夫でした」

医師と患者の当たり前のやりとり。時折り目を合わせ笑顔も普通に。

「じゃあ始めていきますね」

見え辛かったのか、わたしの頭の方に回り診察してくれてる時。スクラブ越しに先生の体がつむじ辺りに密着して。意味もない接触なのに意識しちゃいそうだった。・・・女子高生じゃあるまいし。

治療を終え、次の予約と会計を済ませてクリニックを後にした。にこやかな『お大事に』が特別なサインでも何でもないと思うことが、少し切なかった。

いつ来るかも分からない先生からの連絡を心待ちにするほど初心(うぶ)じゃない。ユウスケが来ると言えば。拒まないきっと。・・・変わらない、なにも。



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