サヨナラ、セカイ。
ついこのあいだお正月だと思っていたのに、気が付けば1月も終わり。明日は朝から雪の予報になっていて積もるかどうかを心配していた。

通勤に使っている路線は大雪にでもならない限り、運転見合わせになったりもしない。しかもたった一駅。バスかタクシーでも出勤できるレベルだ。

「沙喜ちゃん。雪、ひどかったら無理して来なくてもいいわよ?」

社長の娘、郁子さんの気遣いにパソコンから顔を上げて笑顔を返す。

「分かりました、ありがとうございます」

「土曜ったって天気悪けりゃ客も動かないしなぁ」

旦那さんの正さんも話に加わって。

「今年は何回スタッドレスの出番があるやら」

そんな他愛もないお喋りをときどき挟みながら、お店を締める頃には真っ暗な夜空。自分達は車だからと、さっさとわたしを送り出してくれる二人。

「お先に失礼しまーす」

ダウンコートにマフラー、手袋、足許はムートンブーツ。完全防備で駅までのほぼ一本道を歩き出す。

毎朝毎晩、吉見デンタルクリニックの前を通る。ガラス張りになっている入り口に照明の灯りが見えれば。“先生がいるんだな”。消えている日は。“わたしの知らないどこかにいるんだな”。

あの夜から半月近く経った。やっぱりあれは一夜限りの夢。付き合ってください、なんて誰にでも簡単に言える人だった。

失望したけど傷付いてはいない。そこまで期待してない。そこまで。先生が欲しかったわけじゃない。

自分に答えを出しながら。看板の電飾だけが白くまばゆい、灯りの消えたクリニックを見上げ。早足で通り過ぎただけだった。
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