サヨナラ、セカイ。
コンビニやスーパーで『バレンタイン』の可愛らしいポップが目に入るようにもなった、そんなある日。

干した布団も陽射しをめいっぱい吸い込めそうなお天気の休日。家事をこなし、午後は散歩がてらスーパーに買い物に行く。

相変わらず野菜は値上がったまま、お財布に厳しい冬だ。もう少しだけお給料がアップしてくれると助かるなぁ。もちろん郁子さんには言えないけど。

切れそうな調味料や冷凍食品なんかも買い込んで、両手にレジ袋を提げマンションに戻る。3階建て12世帯で築16年。そこそこの設備が整ってたし外観も悪くなかった。離婚して一人に戻った時に決めた物件だ。

1階は危ないと妹からクレームが入ったけど、今どきは2階でも3階でも平気で事件は起こる。逃げやすい方がいいじゃない。・・・そう笑ったら、どうにか納得してくれた。

入り口に集合ポストがあるくらいで、オートロックやエントランスもない。玄関側は住宅地で、ベランダ側は大きな物流倉庫の駐車場。障害物がないから日当たり抜群でけっこう気に入っていた。

マンション名が刻まれたポーチをくぐり、腰高の外壁と植栽に囲われた共用通路に足を踏み出して一瞬、目を見張る。103号室のドアに寄りかかるようにして黒いコート姿の男が立ってた。

スマホに落としていた視線をやおらこっちに振り向かせ。足が止まってしまったわたしに向かって一言。

「・・・風邪引かす気か」

淡々とユウスケは言い放ったのだった。



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