サヨナラ、セカイ。
「そうだ沙喜。この番号、スマホのアドレスに登録しておいて」

腕の中のわたしにナオさんが、番号だけ書かれたメモをパンツのポケットから抜き出して手渡す。

「ラインはできないけど通話は平気だから。それとごめん、夜は7時までならかけてきていいよ。・・・ほんとにごめん、俺の都合ばっかり押しつけて」

数字を見つめていると、抱き寄せる腕にぎゅっと力が籠もった。

今までだったら。言われたことを黙って受け止めるだけだった。別に物わかりがいいわけじゃない。踏み込んでなにかのバランスを崩すのが怖かった。

言うことさえ聞いていれば、わたしにも関心を示した母親の呪いだ。自分を主張しようとすると、小バカにしたような顔で面倒くさそうにされたから、引かれた線の内側で黙っているのが“いい子”なんだと刷り込まれてしまった。

ナオさんは。そんなわたしをどこか分かってるような気がする。我慢しなくていいと、繰り返し伝えてくれてる気がする。

ほんの僅かでも、この爪先を前に押し出してラインを越えたら。・・・どうなるんだろう。

「・・・訊いてもいい?」

胸元に顔を埋めたままで小さく。

「いいよ。なんでも」

「わたしはここで、ただ待ってればいいの・・・?ナオさんにとって恋人の立ち位置ってなに?」 
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