サヨナラ、セカイ。
「わたしも縋ってる・・・」

スタイリング剤の香りも何もしない黒髪に頬を寄せる。

「わたしを助けられるのはナオさんだけ。歯医者さんじゃなくなっても、ナオさんはわたしの“先生”でしょう・・・?ナオさんにしか治せない“患者”のために生きてください、これからは」

そっと体を離すと黒い眸が深くわたしを見つめていた。・・・言葉を溜めて。

「・・・・・・本当に俺でいいの」

弱々しく吐き出された声。

「沙喜ならもっと」

「往生際が悪いな吉見。いつものお前だったら新宮さんにここまで言わせないんじゃないのか」

横から割って入ったのは三ツ谷さんだった。ふっと息を漏らし、諭すように。

「確かに何の不自由もない生活というわけには行かないさ。日本は障害を持つ人に対する意識が薄い、生きやすい国とも言えない。俺も出来るかぎり二人の力になる。・・・もう一度人生を彼女と生き直せるんだ、それ以上の幸運なんかないと思えよ」

「三ツ谷・・・」

「新宮さん」

立ったままの私を見上げて彼は言う。

「吉見は弱い人間じゃないんですよ、優しいだけで」

「はい」

「見た目よりやんちゃをしてた奴なので、簡単に根を上げたりもしないでしょう。その時は見放してかまわないので、それまで宜しくお願いできますか」

「お前ね・・・」

褒めてるのか貶してるのか、ナオさんが苦い顔をしたのが可笑しくて思わず小さく吹き出す。
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