悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
「クラウド、ちょっといい?」

 今はちょうど、午前の授業が全部終わったところだ。クラスの皆は筆記用具や教科書を片付け、教室から出て行く。
 クラウドも彼らの後ろに続こうとしていたが、イザベルの引き留めにその場に立ち止まる。廊下でジェシカが心配そうに見ているのに気づき、大丈夫の代わりに頷いておく。彼女はその合図で理解したらしく、軽く手を振って背を向けた。
 教室に残ったのは、クラウドとイザベルの二人だけだ。

「人払いしなければならない話ってことは、フローリアに関する話?」
「さすが、察しがいいわね……」

 思わず感心していると、クラウドは眼鏡をかけ直す。

「それはいい話? 悪い話?」
「……うーん。どちらとも言い切れないわね」
「まぁ、まずは話を聞いてからだよね。何を企んでいるの?」

 話の切り込み方は思ったより鋭かった。
 イザベルは両手の指先を突き合わせながら、どこから話そうかと悩む。

「企んでいるっていうか、今度ナタリア様にお見舞いに行くことになったの。それで、そのときにフローリア様にも同行してもらおうと考えているのだけど、誘って大丈夫だと思う?」
「……一ついい? どうして俺に聞いてくるの?」
「だって、フローリア様が悲しんだり苦しんだりすると、クラウドもつらいでしょう。わたくしは一緒に来てもらうのがベストだと思っているのだけど、あなたが反対するならやめた方がいいかと思って……」

 フローリアの悲しげな顔を思い出し、心にさざ波が立つ。

(今までさんざん嫌がらせもされてきたのに、フローリア様はナタリア様と歩み寄ろうとしていた。二人が手を取り合うためには、誰かが仲立ちしないといけない)

 そんな機会、そうそうない。
 ならば、ここは自分が肌を脱ぐべきではないか。ちょうど、ナタリアに会う用事もある。そこに同席することで、フローリアの願いが叶うのならば、一石二鳥と考えたのだ。
 しかし、保険はかけておきたい。
 もしかしたら仲直りどころか、一触即発の火花が飛び散るかもしれない。楽観的な見方で二人を引き合わせ、溝を深めるだけの事態になっては申し訳が立たない。
 だからこそ、クラウドの意見が聞きたかった。彼女を第一に考え、誰よりもフローリアを優先する彼が賛同するならば、きっと大事にはならない。
 クラウドは思案に暮れている間、ジッと天井を見つめていたが、やがて視線を床に落とす。

「フローリアに言ったら、たぶん喜んで来ると思う。仲直りがしたいって言っていたし」
「じゃあ……!」

 許可が下りて瞳を輝かせていると、釘を刺すようにクラウドが言葉をかぶせる。

「だけど、俺も同行させてほしい。待っているだけは不安だから」
「もちろんよ! 面会は三日後に取り付けたから。放課後、空けておいてね!」
「なんで三日後?」
「えっと、片付けやら準備に時間がかかるとかで……。早くても二日は待ってほしい、と手紙に書かれていたの」

 解毒薬を受け取ったその足で、ナタリアの家に行くこともできた。
 けれど、門前払いを受けるかもしれないし、彼女の気持ちが落ち着いてからでないと、薬を試すこともできないと思い直したのだ。
 一番戸惑っているのはナタリアのはずだから。
 彼女を慮るなら、手順はちゃんと踏むべきだと思い、まずは手紙でお見舞いに行きたい旨を伝えた。返事はその日のうちに届いたが、なぜか準備期間として二日の猶予がほしいと書かれていた。とりあえず三日後に伺うことを伝え、承諾の連絡が来たのだ。
 クラウドは曖昧に頷く。

「そうなんだ。フローリアには俺から話を通しておくよ」
「助かるわ。ありがとう」
「このぐらいお安いご用だよ」

 無事に話がまとまり、イザベルはクラウドとともにサロンに足を向けた。
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