悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
三日後、校門前にはイザベル、クラウド、フローリアの三人が集合していた。リシャールが車のドアを開け、一人ずつ乗り込む。
ナタリアの住まいは、貴族街の北側に居を構えていた。リシャールが取り次ぎ、年配のメイドがすぐに顔を出す。
「イザベル様、お待ち申し上げておりました。お嬢様がお待ちです。中へどうぞ」
あまりぞろぞろと連れたって行くわけにもいかず、リシャールには車で待機を命じる。
家の中に足を踏み入れると、ラベンダーの香りがふわりと漂ってきた。
玄関ホールから廊下までの道のりは、落ち着いた色調で統一されている。ただ、調度品や床はどこも丹念に磨き上げられており、まぶしいほどだ。
(もしかして、準備ってこのことだった……? いや、まさかね)
脳内で可能性を打ち消し、先導するメイドの背を追う。彼女は二階奥の部屋の前で立ち止まり、イザベルたちに頭を下げる。
「こちらがナタリア様の私室になります」
ドアに目を向けると、彼女の名前が手書きで記されたプレートが取り付けられている。
後ろについてきたクラウドとフローリアに目配せすると、緊張した面持ちで頷きが返ってくる。
軽くノックしてからドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開く。
「失礼しますわ」
窓際のベッドには、ナタリアが身を起こして待っていた。微笑んではいるが、少しやつれている。いつもは戦闘力のある縦ロールも心なしか元気がないように見えた。
続いて部屋に入ってきたフローリアとクラウドの顔を見て、ナタリアがわずかに目を丸くさせる。イザベルは先に謝ることにした。
「ごめんなさい。二人ともお見舞いに行きたいと言っていたので、一緒に連れてきてしまいました」
「今回のこと、心からお見舞い申し上げます」
フローリアが声をかけると、ナタリアは慌てたように手元にあったスケッチブックを手に取って何かを書き始めた。ペンを走らせていた手が止まると、そのページが見えるように掲げる。
ゆっくり近づいて、右上がりの文字を確認する。そこには、どうぞお気になさらず、と書かれていた。
「ありがとうございます。……その後はお変わりありませんか?」
声が出ないことを除けば快適に過ごせております、と言葉が書き綴られる。
筆記での会話だと、いつもの高飛車な声が聞こえないため、どうも調子が狂う。女性にしては少し低めの声が懐かしく感じる。
フローリアとクラウドは左右から成りゆきを見守っている。イザベルは持ってきた学生鞄から目当てのものを取り出し、不思議そうな顔のナタリアを見る。
「今日は、こちらをお渡ししたくてお伺いしましたの」
紙に包まれた丸薬を差し出す。
これは? という顔を向けられ、イザベルは硬い声で答える。
「声を取り戻す薬です。とある薬の詳しい方に用意していただきました」
静寂が部屋に満ちる。沈黙が重い。三方向から疑念の目が向けられているのを、ひしひしと感じる。
思ったとおりの反応に、薄く息を吐き出して言葉を続ける。
「もし、飲むのに抵抗があるようなら、先にわたくしが飲んで大丈夫なことを証明しましょう。どうか、わたくしを信じてください」
ナタリアの住まいは、貴族街の北側に居を構えていた。リシャールが取り次ぎ、年配のメイドがすぐに顔を出す。
「イザベル様、お待ち申し上げておりました。お嬢様がお待ちです。中へどうぞ」
あまりぞろぞろと連れたって行くわけにもいかず、リシャールには車で待機を命じる。
家の中に足を踏み入れると、ラベンダーの香りがふわりと漂ってきた。
玄関ホールから廊下までの道のりは、落ち着いた色調で統一されている。ただ、調度品や床はどこも丹念に磨き上げられており、まぶしいほどだ。
(もしかして、準備ってこのことだった……? いや、まさかね)
脳内で可能性を打ち消し、先導するメイドの背を追う。彼女は二階奥の部屋の前で立ち止まり、イザベルたちに頭を下げる。
「こちらがナタリア様の私室になります」
ドアに目を向けると、彼女の名前が手書きで記されたプレートが取り付けられている。
後ろについてきたクラウドとフローリアに目配せすると、緊張した面持ちで頷きが返ってくる。
軽くノックしてからドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開く。
「失礼しますわ」
窓際のベッドには、ナタリアが身を起こして待っていた。微笑んではいるが、少しやつれている。いつもは戦闘力のある縦ロールも心なしか元気がないように見えた。
続いて部屋に入ってきたフローリアとクラウドの顔を見て、ナタリアがわずかに目を丸くさせる。イザベルは先に謝ることにした。
「ごめんなさい。二人ともお見舞いに行きたいと言っていたので、一緒に連れてきてしまいました」
「今回のこと、心からお見舞い申し上げます」
フローリアが声をかけると、ナタリアは慌てたように手元にあったスケッチブックを手に取って何かを書き始めた。ペンを走らせていた手が止まると、そのページが見えるように掲げる。
ゆっくり近づいて、右上がりの文字を確認する。そこには、どうぞお気になさらず、と書かれていた。
「ありがとうございます。……その後はお変わりありませんか?」
声が出ないことを除けば快適に過ごせております、と言葉が書き綴られる。
筆記での会話だと、いつもの高飛車な声が聞こえないため、どうも調子が狂う。女性にしては少し低めの声が懐かしく感じる。
フローリアとクラウドは左右から成りゆきを見守っている。イザベルは持ってきた学生鞄から目当てのものを取り出し、不思議そうな顔のナタリアを見る。
「今日は、こちらをお渡ししたくてお伺いしましたの」
紙に包まれた丸薬を差し出す。
これは? という顔を向けられ、イザベルは硬い声で答える。
「声を取り戻す薬です。とある薬の詳しい方に用意していただきました」
静寂が部屋に満ちる。沈黙が重い。三方向から疑念の目が向けられているのを、ひしひしと感じる。
思ったとおりの反応に、薄く息を吐き出して言葉を続ける。
「もし、飲むのに抵抗があるようなら、先にわたくしが飲んで大丈夫なことを証明しましょう。どうか、わたくしを信じてください」