悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
「……知っていることですか?」
「ああ。最近、彼女が嫌がらせされているという噂を何度か耳に挟んだ。父親が成り上がり男爵だから所詮は庶民、と揶揄されているらしい。あることないことが噂に乗って流れ、その噂を鵜呑みにした人の反感を買っているようだな」

 その噂ならイザベルも聞いたことがある。というより、ゲームで何度もプレイしたため、何が起こったかは聞くまでもなく熟知している。
 けれど、その噂の詳細を話すわけにもいかない。
 さて、どう答えるか。考えこむイザベルに救いの声が届く。

「あ、それなら私、知っていますよ」
「ジェシカ?」

 聞き耳を立てていたのか、ジェシカがソファの背もたれから身を乗り出す。
 イザベルと目が合うと、安心させるように片目をつぶった。

「普通科クラス在籍のフローリア・ルルネ男爵令嬢ですよね? 学園の噂なら、一通り把握しているつもりですよ」

 さすが、学年問わず女生徒と親睦を深めているだけはある。もしかしたら、彼女は学園内の情報を得るために、女生徒を口説いているのかもしれない。

(……いや、ないない。口説き文句がすらすらと出てくるのは、ジェシカの仕様の問題だわ)

 とはいえ、なぜ運営は彼女をこんな設定にしたのか。美少女に口説かれるシチュエーションという、逆パターンの萌えを狙ったのだろうか。

「ジェシカ。知っていることを聞かせてくれ」

 ジークフリートは真剣な声で続きを促す。その横顔を見て、イザベルは胸がざわめく。

(やっぱり、この前のイベントで親密度が上がっている? だから今まで気にしていなかったフローリア様の噂を気にするようになった?)

 親密度のパラメーターをジャッジしていると、ジェシカが淡々と説明を始める。

「嫌がらせのレベルは、当初はまだ可愛げがあったみたいですけど、今週からその行為はエスカレートしつつあるみたいです。今日も朝一から不幸な連続とでも呼べばいいのでしょうか。散々な目に遭ったみたいですね」
「……なんだと?」
「風の噂によると、ジークフリート様から薔薇の花束を受け取ったことが原因とか」

 イザベルは頭が痛くなった。

(なんていうこと……。わたくしの他にも目撃者がいたなんて……)

 ジェシカいわく、婚約者であるイザベルを差し置き、白薔薇の貴公子から白薔薇を贈られ、庶民のくせに横恋慕するとは生意気な、というのが令嬢らの言い分らしい。
 弱肉強食の貴族社会において、こういうことは珍しくはない。
 しかし、フローリアの行動によって、イザベルの未来は変わる。彼女にとってよくないことが続く状況は看過できない。乙女ゲームのシナリオを回想し、ヒロインの立ち位置を思い出す。

(ゲーム内ではヒロイン自身に落ち度はなく、むしろ貴族社会に早く慣れようと努力していたはず)

 困難に負けず、ひたむきに頑張る姿に同性として何度勇気づけられたか。
 悪役令嬢としては直接話したことはないが、フローリアが悪くないのはよく知っている。
 彼女に仇なす者はイザベルの敵だ。
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