悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
お昼休憩の終わりかという頃、イザベルは裏庭にいた。
レオンの姿はすぐに見つかった。彼は制服を着崩し、桜の木の下でうたたねをしていた。残念ながら花はもう散ってしまったが、古くからある桜の木は立派で、初夏の日差しを遮るように大きな木陰を作っていた。
(待ちくたびれてしまったのかしら……)
膝を折り、イザベルはレオンの顔をのぞき込むようにして言った。
「レオン王子、お待たせしました。今日のデザートですわ」
「っ……」
レオンは飛び起き、イザベルをビシッと指さした。
「おま……不用意に顔を近づけるな! びっくりするだろ!」
「え、それは申し訳ございません」
悪気はなかったのだが、不快に思われたのなら仕方ない。イザベルが反省すると、レオンはいたたまれないように、あー、と声を濁した。
「悪い。少し言い過ぎた」
「いえ、わたくしに配慮が足りませんでした……」
「次から気をつけてくれれば、それでいい」
ぶっきらぼうだけど、優しさのある言葉だった。
「ありがとうございます。じゃあ、今日の賄賂、ここに置いておきますね」
「……おい待て、これはいつから賄賂になったんだ」
「あら、いけない。つい口が滑ってしまいましたわ」
「……賄賂……だったのか。俺は餌づけされていたのか」
驚愕の事実を知ったように、レオンはうなだれた。現実から目をそらし、青空を見つめる表情には哀愁が漂う。
これはやりすぎたかしら、とイザベルは今度こそ反省した。
「賄賂は冗談ですよ、王子。これは友人としてのお裾分けです。だって、おいしいものを独り占めするより、気心の知れた友人と一緒に食べたいじゃありませんか。おいしいものを食べて幸せになる気持ち、誰かと共有したくなりません?」
ありのままの気持ちをそのまま伝える。
レオンをこうして気にかけるのは、友人として彼が好きだからだ。そこには王子だからとか、第一王子と比べられてかわいそうだからとか、そういう感情はない。
イザベルにとって、目の前の彼はただの友達の一人にすぎない。
その気持ちが通じたのか、レオンはしょうがないな、とイザベルが持ってきたバスケットからベリータルトを取り出す。
「食べるのがもったいないくらい、きれいだな」
「……召し上がらないなら、わたくしがいただきますよ?」
「食べないとは言っていない!」
危機感を募らせた王子はかぶりつくようにして食べる。その姿を微笑ましく見つめた後、イザベルも残っていたタルトに手を伸ばす。
ぎっしりとフルーツが詰まったタルトは食べた瞬間、クリームの甘さとフルーツの酸っぱさが合わさり、幸せな気分に包まれた。サクリと音を立てる、生地の香ばしさも言うことなしだ。
イザベルがフルーツを落とさないように慎重に食べている間に、ぺろりと完食したレオンはしみじみとつぶやく。
「……俺が言うのも何だが、お前ってマメだよな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
他愛のない会話をしながら、イザベルは悩む。
(自滅フラグ回避の対策も必要だけど。まずは今の状況を確認しておく必要があるわね。でも、うっかりヒロインと邂逅! なんて事態にならないようにしなきゃ……。それこそ悪役令嬢のフラグになりかねないもの)
うららかな日差しの中、イザベルの懸念は増えるばかりだった。
レオンの姿はすぐに見つかった。彼は制服を着崩し、桜の木の下でうたたねをしていた。残念ながら花はもう散ってしまったが、古くからある桜の木は立派で、初夏の日差しを遮るように大きな木陰を作っていた。
(待ちくたびれてしまったのかしら……)
膝を折り、イザベルはレオンの顔をのぞき込むようにして言った。
「レオン王子、お待たせしました。今日のデザートですわ」
「っ……」
レオンは飛び起き、イザベルをビシッと指さした。
「おま……不用意に顔を近づけるな! びっくりするだろ!」
「え、それは申し訳ございません」
悪気はなかったのだが、不快に思われたのなら仕方ない。イザベルが反省すると、レオンはいたたまれないように、あー、と声を濁した。
「悪い。少し言い過ぎた」
「いえ、わたくしに配慮が足りませんでした……」
「次から気をつけてくれれば、それでいい」
ぶっきらぼうだけど、優しさのある言葉だった。
「ありがとうございます。じゃあ、今日の賄賂、ここに置いておきますね」
「……おい待て、これはいつから賄賂になったんだ」
「あら、いけない。つい口が滑ってしまいましたわ」
「……賄賂……だったのか。俺は餌づけされていたのか」
驚愕の事実を知ったように、レオンはうなだれた。現実から目をそらし、青空を見つめる表情には哀愁が漂う。
これはやりすぎたかしら、とイザベルは今度こそ反省した。
「賄賂は冗談ですよ、王子。これは友人としてのお裾分けです。だって、おいしいものを独り占めするより、気心の知れた友人と一緒に食べたいじゃありませんか。おいしいものを食べて幸せになる気持ち、誰かと共有したくなりません?」
ありのままの気持ちをそのまま伝える。
レオンをこうして気にかけるのは、友人として彼が好きだからだ。そこには王子だからとか、第一王子と比べられてかわいそうだからとか、そういう感情はない。
イザベルにとって、目の前の彼はただの友達の一人にすぎない。
その気持ちが通じたのか、レオンはしょうがないな、とイザベルが持ってきたバスケットからベリータルトを取り出す。
「食べるのがもったいないくらい、きれいだな」
「……召し上がらないなら、わたくしがいただきますよ?」
「食べないとは言っていない!」
危機感を募らせた王子はかぶりつくようにして食べる。その姿を微笑ましく見つめた後、イザベルも残っていたタルトに手を伸ばす。
ぎっしりとフルーツが詰まったタルトは食べた瞬間、クリームの甘さとフルーツの酸っぱさが合わさり、幸せな気分に包まれた。サクリと音を立てる、生地の香ばしさも言うことなしだ。
イザベルがフルーツを落とさないように慎重に食べている間に、ぺろりと完食したレオンはしみじみとつぶやく。
「……俺が言うのも何だが、お前ってマメだよな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
他愛のない会話をしながら、イザベルは悩む。
(自滅フラグ回避の対策も必要だけど。まずは今の状況を確認しておく必要があるわね。でも、うっかりヒロインと邂逅! なんて事態にならないようにしなきゃ……。それこそ悪役令嬢のフラグになりかねないもの)
うららかな日差しの中、イザベルの懸念は増えるばかりだった。