悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 翌日、イザベルは不覚にも熱を出してしまった。
 やはり、うららかな春とはいえ、水を侮ってはいけない。たとえ冷水ではなくても、体温は確実に奪われていくのだ。そして、その油断が風邪の引き金になる。

「エルライン伯爵家のご令嬢として、もう少し慎み深くなっていただきたいものです」

 朝一から小言を聞かされる羽目になったイザベルは、言葉少なに返答する。

「……慎み深く生きているつもりよ?」
「どこがですか。高等部に入って、少しはおとなしくなったと思ったら……。あなたはもう少し、自分のことを労るべきです」
「もし、子猫が降りられなくなったら、助けるのは悪いことではないでしょう。今回だって、不運にも水をかぶってしまっただけであって、濡れたくて濡れたわけではないのよ」

 これは、いわば人助けだ。そう主張しようとすれば、リシャールはわざとらしく、ため息をつく。

「それは当然でしょう。ですが、普通の貴族のお嬢様なら、自分で塀に上った挙げ句、うっかり足を滑らして湖に落ちるような真似はしないんですよ。お茶会を抜け出して水浸しになったお嬢様を見たとき、私は青ざめましたよ。他の方へ最もらしい理由をこじつける私の身にもなってください」

 やけに実感のこもった言い方をされ、イザベルは少し反省した。
 確かに気苦労をかけているな、という自覚はある。けれど、目の前で困った人や動物がいれば、手を差しのばさない理由にはならない。他の人を呼んでいる間に、何かあったらどうするのか。
 そこまで考えて、イザベルはふと、これまでの出来事に共通点を見つけた。

「リシャール……ひとつ気づいたことがあるわ」
「何ですか?」
「もしかして、わたくしは水難の相が出ているんじゃないしら」

 深刻な顔でつぶやくと、小言はさらにヒートアップした。
< 15 / 121 >

この作品をシェア

pagetop